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杉原厚吉研究特別教授インタビュー
研究知財・戦略機構 先端数理科学インスティテュート(MIMS)研究員・研究特別教授
杉原 厚吉

創立140周年記念事業の1つとして、明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)の杉原厚吉研究特別教授による立体錯視作品の特別展示「立体錯視の不思議を知ろう!」が行われています。ここでは杉原研究特別教授の研究内容や、研究者を目指すきっかけとなった子ども時代のお話、そして学びや研究の面白さについて語っていただきました。

錯覚の研究とそのきっかけ

―今回の特別展示は、大学創立140周年記念事業の一環として行われています。依頼を受けた際はどのように感じましたか?

大変光栄なことで、素直にうれしかったです。そして、明治大学に来て良かったと改めて感じました。明治大学にはMIMSの初代所長の故・三村昌泰先生に声をかけていただき、2009年に特任教授として着任しました(現在は研究特別教授)。それ以前は、東京大学の大学院情報理工学系研究科におりましたが、数理工学の分野の研究や日常業務に手いっぱいで、錯覚の研究はその合間に細々とやっている状況でした。三村先生には、「明治大学では錯覚の研究をメインにやっていただいて良い」と言っていただいたので、60歳になったタイミングで東大の早期退職制度を利用して、明治大学に移りました。「好きな錯覚の研究をしたい」と思って赴任させていただいたことが、今回このような形で1つ成果になりましたので、改めて明治に来て良かったと感じています。

―杉原先生の研究内容について教えてください。

目で物を見て、目の前にあるものの形を判断する「立体知覚」という人間の知能の現象を調べる研究をしています。また、その手法として数学を用いて調べるというスタイルが特徴だと思います。

―研究に取り組まれたきっかけをお聞かせください。

若い頃、国立の研究所でロボットの目の開発に携わったことがきっかけです。その時は、「人間が脳でどのように情報を処理しているか」ということはさておき、「コンピュータが得意な方法でどのように情報処理すると、人間と同じように見ている物の形が判断できるか」という研究をしていました。その研究が一段落ついたところで、自分の開発した情報処理の手法と、人間が脳で判断している視覚のふるまいというのはかなり違うということに気付きました。その違いを比較することから、「なぜ人間が錯覚を起こすか」ということを説明できそうだと気付いて、コンピュータでの情報処理から人間の方にも興味が広がり、現在のような研究分野も手掛けるようになったというのがいきさつです。

もともと目で物を見る視覚の研究や、なぜ間違えるかという錯覚の研究は長い歴史があり、視覚心理学とか認知科学などのいわゆる文系の学問分野でした。最近では、ロボットのためのコンピュータビジョンやバーチャルリアリティとか、数学あるいは情報処理の手法を使いながら、見る機能の代行をさせたり、錯覚を起こさせたりということができるようになってきました。数理的な手法を使う研究スタイルが少しずつ広がってきています。

正しく見えることと錯覚は表裏の関係

―人間がどのように物を見ているか、というのはとても難しいことのように感じます。

人間が網膜に写った画像から立体の奥行きを取り出すということを、数学の問題だと定式化して解いてみます。基本的に1枚の網膜の画像(片方の目で見た時)には奥行きの情報がありません。そこから奥行きを取り出すために方程式を立てて解いてみると、無限に解(かい)があり1つに定まりません。これは当たり前のことなのですが、数学としてとらえると解(かい)が定まらないはずなのに、人間はその物を見た時に「こういう形だろう」と奥行きを理解しています。そこにギャップがあるのです。

―すると、人間の脳はどうして奥行きを理解しているのでしょうか?

数学的に答えがないはずなのに答えを出してしまっているということは、網膜にある情報以外の何かを使っているのだと考えられます。その何かを推測するために、「こんな情報を使っているかもしれない」という仮説を立て、方程式に入れてできあがった立体と、脳が判断する立体とが同じなのか、違うのかということを比較していきます。このようにして、足りない情報を人間の脳がどのように補っているかを推測し追い詰めていく、そこに数学を使っているわけです。そして、このようにしてわかってきたことの一つは、脳は直角の多い立体を思い浮かべやすいということです。

―「直角の多い立体を思い浮かべやすい」というところが、錯覚につながっているのですね。

研究の成果として錯覚がたくさん見つかるのですが、やろうとしていることは、錯覚を探すというよりも、正しく見るために脳は何をしているかということを調べたいということです。正しく見えることと錯覚を起こすことは表と裏の関係で、正しく見る仕組みが分かってくると錯覚が起こる仕組みもわかってくるのです。

物理や化学の世界では、物質の状態を調べるために、無重力や真空、不純物を取り除くなどの極限状態をつくることがあります。目にとっての極限状態は、錯覚を起こす立体や画像を見せることです。すると、普段の生活の中で脳が行っている情報処理の1つの側面が極端に表れます。それが極限状態を観察することになるわけです。新しい錯覚作品を作って見せてみて、自分の推測が合っているか間違っているかを確かめる。結果として、研究の中から新しい錯覚の作品の具体例がたまってくるのです。

錯覚をコントロール その具体例とは

数学を使って仕組みが分かってくると、錯覚の強さをコントロールできるようになってきます。錯覚は目の前を実際とは違うように感じることなので、できるだけ目の前の状況を正しく判断できるようにすることが安全な社会環境づくりにつながると思っています。状況を誤って知覚したことで起こることの代表例としては交通事故があります。カーブの曲がり具合や勾配などによって正しい判断がしづらい場所に、「ここは錯覚が起こりやすい」という注意を促す標識を設置するなどの対策ができれば、事故を減らすことができるかもしれません。

また、マンションや戸建てなどの広告写真で部屋が広く見えていても、実際に入ってみると写真よりも狭く感じるということはありませんか?これは、カメラの広角レンズを使った一種の錯覚です。そのようにして撮影された画像を、標準レンズでみた画像に変換する技術なども研究しています。これらは錯覚を弱めるコントロールの活用例になります。

―錯覚を強める活用例はありますか?

「安全が確保できる場面に限り」という前置きをさせていただいて、エンターテインメント方面で大きく活用できると考えています。今回の展示もそうですし、科学館で目の仕組みを調べる展示に使われたりしています。また、アクセサリーや食器などで、見る角度によって違った形に見えるなど、身近なものに遊び心を付け加えることができると思います。

―錯覚に個人差はあるのですか?

錯覚には、物の大きさ、向き、形、色、明るさなどたくさんの種類があります。立体に関する錯覚においては、個人差はあまりありません。逆に、色に関する錯覚については個人差が大きいことが知られています。

「数学ってすごい」錯覚研究の原点

―杉原先生の子ども時代についてお聞かせください。

岐阜県の高山という所で高校まで育ったのですが、子どもの時の遊びといえば夏は昆虫採集や川での水遊び、冬はゲレンデまで歩いて行ってスキーをするのに夢中でした。そして、小学生の頃から算数や数学は好きでした。好きな理由としては、問題を解いたときに解けたか解けていないかがはっきりしているということが気持ち良いと感じていたからです。加えて中学2年の時に方程式を勉強して感動した覚えがあります。それまでつるかめ算だとか植木算だとか問題を解く方法がパターンごとに何通りもありましたが、方程式を習ったらそれを全部忘れて良いのだと。わからないものを未知数に置いて、わかっていることを式に表せばとけてしまう。一つの方法で済むということを教えてもらった時には、大変感動して「数学ってすごいな」と思ったのを覚えています。

―根っからの数学少年だったのですね。

思い返してみると、エッシャー* の作品が好きでした。その頃は今のような仕事に結びつくとは全然思っていませんでしたが、だまし絵を使った版画をいつまでも飽きないで眺めていました。1種類のタイルを平面に敷き詰めて、隙間も重なりもなく平面を埋め尽くすことができるタイリングアートの不思議さも楽しんでいましたね。エッシャーの作品は色々なところで自分の研究のヒントになっていて、今回の記念展示の1つ「何でも吸引4方向滑り台」でボールが斜面を上っていくことの不思議さの着想につながっています。また、飛騨山王宮日枝神社に奉納した賽銭箱にはタイリングアートを取り入れていて、エッシャー作品のヒントがどこか頭の中にあって作ったのかなという感じがしますね。

同じ仕組みの作品を「何でも吸引4方向滑り台」として特別展示しています

研究の楽しさは「心地良い孤独」

―学ぶことの魅力について、杉原先生のお考えをお聞かせください。

勉強とは誰かが見つけたことを追いかけ、理解して自分のものにするという作業なので、必ずしも研究とは結び付きませんが、その作業をしていく中で、段々と「まだ分からないことは何か」ということが分かるようになってきます。そのことについて考えて、自分なりの答えを見つける段階に入ってようやく研究に近付いていくのだと思います。

―それでは、研究することの楽しさとはどういったものですか?

世界でまだ誰も気付いていなかったことを最初に気付いて、新しい知見を人類の共通財産として付け加えられることが魅力だと思います。一方で、分からないことや上手く進まず苦しいこともありますが、そういった時でも放り出さず、あきらめずに続けていると、全部ではないですが、まれに解決したいと思っていることのうちのいくつかが解決できることがあります。その時に研究を続けてきて良かったと思いますね。

―先が見えず、長く険しい道でもありますね。

1つ成果が出ると、頑張っていればまたいつか同じように新しい何かが見つけられるのだと自信のようなものがついて、焦らず孤独にコツコツと続けていくことが楽しくなってきます。もちろん周りに同じような研究者がいてわいわいやるのも楽しいのですが、自分で大事なことを見つけた瞬間がどのような時だったかを振り返ってみると、真夜中家族が寝静まった中だとか、外国出張の帰りの飛行機の中だとか、一人きりになった時が多くて、そういった時間が楽しかったと感じます。「心地良い孤独」とでも言えるかもしれませんね。この感覚をできるだけたくさんの人に味わってもらいたいですね。

―お話を伺って、杉原先生の飽くなき錯覚、数理工学への情熱を感じました。いつも錯覚のことを考えていらっしゃるのですか?

明治大学に来てからの12年間はずっとそんな感じですね。家族からは変だと言われていますが(笑)。新しい錯覚やその原理を自分で見つけることがとても楽しいですし、それを人に見せて驚いてもらえることも楽しいので、二重で楽しいと感じる日々を過ごしています。好きな研究に邁進できる環境は大変ありがたく、幸せに感じています。

―杉原先生の新たな発見を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

*マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898-1972)…図形を反転または回転させて増殖させる「平面の正則分割」の手法や、錯視を利用した「だまし絵」で知られるオランダの版画家

杉原研究特別教授の錯覚作品を紹介する動画を明治大学公式YouTubeよりご覧いただけます。

杉原 厚吉
研究・知財戦略機構 先端数理科学インスティテュート(MIMS)研究員・研究特別教授
1973年東京大学大学院工学系研究科計数工学専門課程修士課程修了後、電子技術総合研究所、名古屋大学、東京大学などを経て、2009年明治大学研究・知財戦略機構先端数理科学インスティテュート特任教授。2019年より現職。専門は数理工学。ロボットの目を開発する研究の中で、不可能図形のだまし絵を立体化する手法を見つけ、立体錯視の分野へも研究を広げてきた。さまざまな不可能立体を創作し、立体錯視アーティストとしても活躍。国際ベスト錯覚コンテスト優勝4回、準優勝2回。錯視立体作品が台湾・国立故宮博物院で特別展示されるなど、多くの科学館・美術館で展示の実績を持つ。

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