刑事部門

刑事部門 Criminal Materials

展示内容

刑事部門は、建学の理念「権利自由」にもとづき、刑事関係資料を展示しています。
「日本の罪と罰」では、歴史的な法のさまざまを時間の流れにそって展示しています。
「江戸の捕者」「牢問と裁き」「さまざまな刑事博物」では、江戸の捕者具、日本や諸外国の拷問・処刑具など人権抑圧の歴史を語り伝える実物資料をご覧ください。とくにギロチン、ニュルンベルクの鉄の処女は、我が国唯一の展示資料です。
このような刑事博物をとおして、罪と罰の世界にふれるとともに、人権の尊重に一層ご理解を深めていただければ幸いです。

高精細画像ビューアによる
『徳川幕府刑事図譜』全図を公開しています。
常設展示の内、「江戸の捕者」「牢問いと裁き」「仕置と見懲らし」に展示して
いる『徳川幕府刑事図譜』収録の全図をご覧いただけます。 

展示内容

日本の罪と罰

法の情報化

法の情報化1

法の情報化1

法は、社会のしくみについての決まりであり、権力者は、法を広め守らせようとしました。ここでは、古代から近代に至る各時代の罪と罰を定めた刑事法、「令義解(獄令)」「御成敗式目」「今川仮名目録」「甲州法度之次第」「武家諸法度」「生類憐み令」「大日本帝国憲法」などを展示しています。法の情報化の歩みをたどっていただければ幸いです。 
高札場

高札

高札

高札コレクションの一部を展示しています。高札は法令・禁令を墨で書いた板札です。江戸幕府の施政方針や違反者への厳罰、密告すれば賞金を与えることなどがかな交じり文で書かれ、掲示されました。高札を掲げた場所を高札場とよび、法令が広まるように町の辻、橋詰、関所、渡し場など人目につきやすい場所に設けられました。 

江戸の補者

補者道具

捕者道具

捕者道具

もとは合戦場で敵の武将などを生け捕りするのに用いた武器でした。江戸時代は罪人を傷つけず逮捕する道具に利用しました。「突棒(つくぼう)」「刺又(さすまた)」「袖搦(そでがらみ)」を捕者三道具とよび、関所や市中の番所、村の役人宅や刑場に備え、それを目にする人々を威圧していました。また、犯罪を捜査する役人は、「十手」や「捕縄」を携帯しました。「十手」は護身具であるとともに、警察権を行使できる者の身分を表す道具です。このような捕者道具は、遺品が少なく、貴重な刑事関係資料となっています。 

牢問いと裁き

江戸時代の拷問

江戸時代の拷問

江戸時代の拷問

犯罪の容疑者や被告人から自白を得るために肉体的苦痛を与えることです。江戸時代には、「笞打(むちうち)」「石抱(いしだき)」「海老責(えびぜめ)」を牢問(ろうどい)とよび、「釣責(つるしぜめ)」を拷問とよびました。展示ではこれらの拷問具を実物大で再現しています。当時の刑事裁判は自白を強制してしばしば拷問を行いました。 
江戸時代の裁判

江戸時代の裁判

判例集

江戸時代は、はじめ、先例により裁判をしました。8代将軍吉宗の時代に「公事方御定書」が制定され、幕末まで刑事裁判で長く用いられました。行政権と司法権が一体し、重大事件は寺社・町・勘定の三奉行が評定所で裁判し、軽い事件は奉行が裁判しました。当時の判例集である「御仕置例類集」などを展示しています。 

仕置と見懲らし

江戸時代の刑罰

江戸時代の刑罰

江戸時代の刑罰

江戸時代の刑罰は、見懲らしのため厳罰主義で、俗に10両盗むと首がとぶといわれました。刑罰体系は複雑で、刑種は、軽い罪から叱(しかり)、押込(おしこめ)、たたき、入墨、追放、遠島、死刑がありました。死刑も罪状に応じて、軽い方から下手人(げしゅにん・打ち首)、死罪(打ち首)、火罪、獄門、磔、鋸挽に区別されました。ここでは、これらの刑罰に関する図解を展示し、刑具を実物大で再現をしています。幕府法では、主人殺害がもっとも重罪とされ、それにつづく重罪は親殺しでした。 
さまざまな刑事博物

さまざまな刑事博物

拷問具・刑具

ローマ法や古代中国(唐)の律令には罪人を拷問する規定があり、古代の倭国でも拷問が行われました。拷問の目的は4つに分類できます。すなわち、宗教上の新派への弾圧(異端審問)、懲罰としての処刑、社会的弱者への支配、背徳的な快楽追及を目的として非道な拷問が繰り返されました。被害者は、異端、農民、奴隷などの被支配者、女性や戦争捕虜などの社会的弱者でした。ここでは、明治時代以降の日本の死刑具、有名な「ギロチン」をはじめとするヨーロッパや中国の拷問具・刑具を展示しています。 

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