第586号(2007年8月1日発行)
本棚
「シラーの『非』劇
アナロギアのアポリアと認識論的切断」
青木敦子 著、 哲学書房、 5,400円 |
|
|
本書は学位論文を基に、シラー没後200年の2005年に出版された。戦後わが国でシラー文学は人気凋落著しいが、その中にあって本書は数少ない貴重な収穫のひとつといえる。
著者によれば、カント哲学はシラーの世界観に決定的変更を迫り、その作品はカント哲学体験を境に前期と後期とに分かれる。これを著者は「認識論的切断」と呼び、ともすれば否定的評価を下されてきた前期シラーの諸作品を貫く独自な世界観を救出しようとしている。
「この永遠に続く人間世界の不完全さは、不気味な力が支配する世界に取り込まれている。つまり、人間が作る不完全な個別の円環は、すべて限界の見えない大きな世界に取り込まれている」。『ドン・カルロス』に関するこの評言は、そのまま今日の世界にもあてはまる。著者が前期シラーの世界観に着目し評価する背景には、「悲劇」の主人公足りうる自律的近代的主体はもはや不可能であるという、ポスト・モダン以降の深刻な「自己」認識が潜んでいよう。
この浩瀚な力作に心残りがあるとすれば、詩人シラーの姿が浮かび上がってこないことである。
田島正行・法学部准教授(執筆者は法学部講師)
前のページに戻る
|

|