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研究プロジェクト 2022年度

2022年度

A「企業のダイバーシティ推進の実態調査」

牛尾奈緒美
 組織内のダイバーシティの存在、特にジェンダーダイバーシティに注目しそれがイノベーション創出にいかなる影響をもつのかについて実証研究を行った。具体的には、既存研究において「研究開発活動においてパフォーマンスを向上させる本質的な要因は、情報・意思決定理論に基づくタスク型多様性の拡大にあり、ジェンダー多様性はタスク型多様性を高める手段に過ぎないということを検証することが目的となっている」点を検証することを目的とした。
 先行研究でも指摘されているように、研究開発活動におけるジェンダーの多様性を扱った実証分析はそれほど多くはないため、研究開発以外の活動において蓄積されてきたジェンダーに関する先行研究の結果が、研究開発活動にも当てはまるかどうかを調べることも研究目的の一つとした。
分析の結果、”研究開発活動においてパフォーマンスを向上させる本質的な要因はタスク型多様性の拡大にあり、ジェンダー多様性はタスク型多様性を高める手段に過ぎない”ことが判明した。これにより女性発明者比率が研究開発における技術的知識の幅を広げることで、特許の質を高めるという因果を明確にすることができた。

B「ファッションを通して構築されるデジタルアイデンティティとジェンダー表象」

高馬京子
 2020年度に実践した「オンラインメディア空間における自己表象によるジェンダーとファッション」の研究プロジェクトで得た結果を発展的に検討するために、昨今のデジタルファッションやそれを身に着けて構築しようとするデジタルアイデンティティについての現状を調査し、バーチャル空間(ゲーム)とSNS空間におけるファッションとデジタルアイデンティティの関係について比較考察をした。
 ファッション研究者のスーザン・カイザーが交差性の観点からファッションとアイデンティティの役割を論じているように、ファッションは自身の境界線(ジェンダー、国、年齢、民族性などによって定義されるアイデンティティの一形態である。)と他者を取り込むことで、「自分が誰になろうとしているのか」を実現するための装置であると言える。その「誰」、つまり目指すべき理想像としての他者は、ファッション・メディアによって何世紀にもわたって映像や言説によって構築されてきた。この理想像・他者に少しでも近づき、「本当の自分」になるために、人々はコルセットからダイエット、髪の色を変える、美容整形など、自らの顔や身体を変化させ、化粧やファッションを身につけることで、様々な境界を超え、理想の他者に近づこうと試みてきたといえる。このように読者に理想像を提供してきたファッション・メディアは、時代とともにテレビ・映画などのマスメディア、ブログからソーシャルネットワークサービスなどのデジタルメディアへと広がり、現在ではNFTやメタバースという言葉が急速に台頭し、仮想空間が新しいメディアとなりつつある。ファッションの情報発信やファッションの着こなしの場として捉えられ始めているDress Xのような、自分の写真を使って仮想ファッションを購入・着用できる仮想ファッションプラットフォームもある。2022年3月にはMetaverse Fashion Weekが開催され、さまざまなファッションブランドが来場し、自分のアバターを作成して展示空間に参加することができるようになった。このように、ファッションも身体もデジタル化が進むことで、自分の欲望のままの「デジタルアイデンティティ」が構築されやすくなっているかのように一見考えられるが実際はどうであろうか。
 すでに2020年の研究プロジェクトでも調査を着手していたゲーム『あつまれ!動物の森』のようにユーザーやSNS上のメディアなど複数のアクターの関連言説を通して、ゲーム内で、好きな性別などを選べるにせよ、ファッションを通して選んだアバターの特性に付随している社会的規範を追従することが再確認された。またSNSなどにみられるデジタルファッションメディアとジェンダー表象について検討した結果、SNSなどのデジタルファッションメディアはブログのころと異なり、企業が複雑に入り込み、自分らしい自分を提示できるエンパワーメント空間としてはもはや成立できていないことが明らかになった。このように、デジタルテクノロジーの発展により、バーチャル空間にしてもSNS空間にしても、ファッションや身体を選びデジタルアイデンティティを有したとしてもその選択に社会・企業の強制がないとはいえない、という可能性も示唆された。今後も他のメディアにおいて、バーチャル、デジタル空間のファッションとデジタルアイデンティティの関係について検討していきたい。本研究のそれぞれの成果を、2022年度年次報告書の業績一覧に記載した2本の論文の形でまとめた。

C「『フェムテック』をめぐる可能性と課題に関する予備的調査」

竹﨑一真
  近年、女性femaleの心身の健康問題の解決を目指すテクノロジーtechnologyを意味するフェムテック(FemTech)の市場が急速に拡大してきている。フェムテック市場の成長は、男性化されたテック産業の女性化、〈女性〉の身体の再発見、さらには科学技術イノベーションプロセスへのより多様な人々の参加促進といった点において期待されている。しかしその一方で加速度的に広がるフェムテックには、身体をめぐるジェンダー規範の強化や再編、疑似科学との接続に対する懸念、健康課題解決の自己責任化など、留保すべき課題もさまざまある。そこで本プロジェクトでは、フェムテックに関する言説分析や国内外のスポーツ界におけるフェムテックの動向調査およびステークホルダーへのヒアリングを行い、フェムテックがもたらす可能性と課題について整理を行った。
 現在、スポーツ界では大きく分けて二種類のフェムテック技術が導入されている。一つは月経管理アプリ、もう一つは生理ショーツである。月経管理アプリは欧米の女子スポーツ団体で注目を集めており、チームに所属する選手の月経周期をチームとして管理し、周期に合わせたトレーニングプログラムや食事を提供することに使われている。
 月経管理アプリを導入しているイギリスの女子プロサッカーチームは、このシステムの意義として、「小さな男性」として見られていた女子アスリートが、違う存在であるという部分があるということを「認識し、理解し、対話を重ね、解決策を見出すことができるようになる」と語っている。このことから、女性アスリートたちはテクノロジーの登場によってはじめて「女性」として認識されることが可能となり、よりよい競技生活の足掛かりとなりうることがわかる。しかしその一方で、トップスポーツで月経管理がスタンダード化するということは、月経情報の共有が強いられる可能性や課題解決の個人化がより強まる可能性が拡大するという懸念があることも指摘されている。
 この新しいテクノロジーは欧米で導入されているが、その一方で日本では広がりをみせておらず、試合中やトレーニング中の生理の不快感を軽減させるショーツなどのアイテムが主流となっている。その背景について、スポーツ医学者や日本でフェムテックを推進しているスポーツ団体職員にインタビューを行ったところ、日本のスポーツ科学において「女性」を対象とした研究が進んでおらず、指導者やアスリート本人もスポーツと月経をめぐる健康問題に理解が及んでいないことが明らかとなった。
 上記のような予備的調査を踏まえ、今後はスポーツとフェムテックのRRI(責任ある研究イノベーション)促進に着目した分析を行っていく。