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光永威彦 専任講師
水を起点に、
次なる設計標準を
つくる。
建築学科 建築設備研究室 光永威彦 専任講師
衛生的で豊かな生活のために必要不可欠な水。建築物の効率的な水循環の実現のために、給排水システムの研究を続ける建築設備研究室の光永先生。ここでは、自身の研究領域に至った経緯と、その魅力についてお話しいただきました。
日本は水を大切にできていない。
小さい頃からジグソーパズルとレゴが大好きでした。ジグソーパズルは完成させては壊し、また一から作る。レゴも一度設計図通りに完成させた後は、再度分解して、今度は自己流に組み立て直す。そんなことを何度も繰り返すほど、一つのことにのめり込むたちでした。水のことにのめり込んでいったのは、明治大学建築学科の学部生の時です。恩師となる坂上恭助先生の建物の水まわりについての授業を受け、日本は水に恵まれているからこそ水資源を大切にできていない、という気づきを得ました。世界的にみると、水は生命の源でもあり、時として争いの原因ともなります。もっと水を大切にするためにはどうすればよいのか。このとき、水に対する興味が大きくなりました。
排水についての授業にも引き込まれました。洗面器の下についている排水管をトラップといいます。そのトラップのU字のところに溜まる水を封水といい、この封水が下水道からの臭いガスや羽虫が室内側にでてくることを防いでくれています。ところが、大量の水を一気に流すと、サイホンの原理が働いて封水も引っ張られてなくなってしまうことがあります。そのメカニズムを坂上先生は非常に楽しそうに話されていたのが印象的でした。それから修士まで、坂上先生のもとで給排水について研究に打ち込みました。
失敗は次のステップへのアプローチ。
修士を終えて、建築設計事務所に就職しました。水まわりに加え、空調、換気など設備全般の設計が担当です。8年ほど経った時、坂上先生から働きながら博士を取る社会人ドクターコースを薦められました。設備の設計をする上で感じていた様々な課題を深掘りしてみたいと考えていたこと、よりよい設備を提案・実現するための地力を向上させたかったことから博士号取得にチャレンジすることにしました。普通に仕事をしながら、平日の夜と土日は研究の日々。研究対象を総合的に考察し、新しい知見を創出する礎ができました。
企業人は、顧客、会社に対して、成果を示すことで報酬をいただきます。そのため、失敗すると誰かに迷惑をかけてしまうと意識してしまいがちで、過度にネガティブにとらえる傾向にあるように思います。一方、研究者は、失敗は次のステップにあがるための1つの過程で、前向きにとらえる傾向が一般的であるように感じます。設計事務所の仕事は自己成長も感じられ、やりがいもあり充実していましたが、建物の衛生環境の根幹となる給排水の専門家は少ない状況で、改善すべき多くの課題があることも認識していました。坂上先生が退官された後、自身がその課題改善の一翼を担いたいと、研究者に軸足を置くことに決めました。
日本生まれの設計法を、世界へ。
私が取り組んでいる研究の一つに、拡張排水システムというものがあります。拡張排水システムとは、従来の配管勾配で搬送する排水システムと異なり、無勾配かつ小径で排水搬送を実現するシステムです。従来の排水システムではマンションのトイレやお風呂、キッチンといった水まわりのレイアウトは制約されていました。拡張排水システムの1種であるサイホン排水システムでは、電力を使用せずに、建物の好きなところに水まわりを設置することができます。ただその実現のためにクリアすべきハードルがいくつもあります。繰り返し実験することで技術的な課題を打破し、法的な制約や経済合理性なども満足していく必要があります。そうして、私たちが研究室で一生懸命考えてきたシステムが全国のマンションに入るようになるのは、ものすごく嬉しいものです。従来のシステムがより良いシステムに変わっていく瞬間に立ち会えることは、建築設備に携わる研究者の醍醐味だと思います。
今、研究者として成し遂げたいことは二つあります。一つはサイホン排水システムのように小径な排水管などを用いて、建物内の水まわりの自由度をいま以上にあげること。これにより、ライフステージや社会の変化による建物計画の幅が広がります。もう一つは、日本生まれの給排水設備の設計法をさらに改善して、世界へも発信していくこと。節水節湯や省エネに寄与するものも技術は数多くありますが、実は、それらは建物内のシステム設計次第でより効果を発揮します。例えば、大便器の節水化は進んで以前の1/3程度の水量で洗浄ができますが、その洗浄水を供給する給水ポンプが節水化を反映できれば、より省エネができそうな気がしますね。しかし今はそうなっていないのです。これはもったいないことです。このような状況を新しい設計資料や設計法を提案することで打破していきたい。これが今チャレンジしている目標です。
私たちが提案する新しい排水システムのガイドラインを「建築を変える拡張排水システムの設計法」として書籍化しました。国内外から反響を頂いていますが、世の中の一般となるまでにはまだまだです。この本を起点にこのシステムが広がる活動につなげられたらと思っています。
スタッフについて
建築学科 建築学科 建築設備研究室光永威彦専任講師2017年明治大学大学院理工学研究科修了。博士(工学)。2020年より現職。建築設備研究室にて、建築物の水まわりを担う「給排水衛生設備」を専門領域とし、安心で快適な水環境を前提とする低炭素・省エネ、節水・節湯を追求することで「水」を創造している。
研究内容
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拡張排水システムに関する研究
配管に勾配をつけて排水を搬送しているため、排水管は給水管などと比較して大径となりやすい。それが従来の排水システムの制約となり、水まわりは集約して設計される傾向にあります。対して,サイホン作用やポンプを搬送力とする拡張排水システムは、無勾配(緩勾配)かつ小径で排水を搬送することができることから、建築の自由度向上に寄与します。その拡張排水システムの設計・施工・保全方法を確立し、普及するための研究をしています。細い排水管は詰まりそう?強い搬送力があれば意外に詰まりません!
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給排水衛生設備の設計法
いつも何気なく使っている便器や洗面台。水まわりのために、水を供給するためのシステム、お湯をつくるシステム、汚い水を排出するためのシステムといった様々な設備があります。そこでは、たくさんのマテリアルやエネルギーが使われており、それらを低減して地球環境に優しい建築を実現することが求められています。加えて、水資源を大切にすることも重要です。その実現のため、水まわり(給排水衛生設備)に関する最適な設計法や設計資料の提案をしています。
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建物内の水の見える化から、水まわりの改善へ
洗面器の水はどのように跳ねているのか?シャワーの水流はどのように噴射されているのか?便器で流された汚物やトイレットペーパーはどのように搬送されていくのか?実験やシミュレーションにより、このような建物内の水の見える化をしています。これにより、建物内で水を衛生的かつ快適に、また効率的に使うための、水まわりの改善へ結びつけています。
主要な業績
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2022.10 論文 / 共著給水負荷の算定法 第3回 瞬時給水量 きゅうすい工事 22(4),19-25頁
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2022.03 論文 / 共著建築物の給水給油負荷算定ー現状と萌芽ー ビルと環境 (176),18-27頁
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2022.02 論文 / 共著建築用途ごとの新しい単位給水量の提案 47(299),29-37頁
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2021.11 論文 / 共著Effect of the COVID-19 Pandemic on Residential Water Use Behavior in Japan WATER 13(21)
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2021.10 論文 / 共著リニューアルの”困った”に「拡張排水システム」 (特集 リニューアル) 給排水設備研究 38(3),12-18頁