第573号(2006年7月1日発行)
本棚
「旅に出よう 船で」 黒川 鍾信 著 (講談社、1800円) |
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「前著に大変なエネルギーを消耗した。今回は気楽なテーマを選んだよ」と笑いながら本書を渡された。
なるほど気楽なタイトルだ。ご子息の手による装画・装幀も思わず船旅に出かけたくなるような仕上がりである。
ところが四六版300ページを超える本書の内容は、過去40年の船舶事情の変遷を語る大変な労作である。
著者は、この10年で9冊のノンフィクションを書いているが、いずれの作品も必ず著者の体験が軸になっている。資料や取材だけでまとめたものはない。
この本も同じで、1965年のアメリカ留学の折に利用した貨客船から昨年までに乗船した9隻の船を主人公に、著者の体験を織り交ぜながら船旅の極意や客船の歴史を詳しく述べている。
なかでも4隻目のポーランドの客船を描いた箇所が興味深い。
ロンドンからカナダへ向かうこの老客船はこの航海を最後に解体される。そこには一般客だけでなく、窓のない下級船室で大西洋を渡る多数の移民が乗っている。それにダブらせ著者は、ブラジルへ移住者を運んだ日本船の歴史を仔細に語る。
「船旅のよさは無為の歓喜・Total Escapeにあり」―英語入りのシンプルな帯文がいい。
金子邦彦・情報コミュニケーション学部教授(著者は情報コミュニケーション学部教授)
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