第573号(2006年7月1日発行)
本棚
「人生を完全にダメにするための11のレッスン」
D・ノゲーズ 著、 遠弘美 訳 (青土社、2200円) |
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まずは深淵なタイトルに注目しよう。そこにあるのは、人生を中途半端にではなく、完全にダメにする方法を会得し、そのダメさを最後までやりとげたとしたら、人は負の完璧さにおいてみごとな成功者になってしまう、という恐ろしい撞着である。
ドミニク・ノゲーズは、けっして成功へと導かれることのない純粋な敗北の追求、という困難な壁に立ち向かおうとする。彼自身、もしこのような本を破綻なく書きあげられたら、その時点で負けになる逆説を知らないはずはない。つまり本書は、古典的レトリックの実践なのだ。
とすれば、ダメ人生を生き抜くための秘策が、皮肉と諧謔に満ちた、しかも説得力のある修辞をもって説かれれば説かれるほど、読者の目はそれと正反対の方へ向けられていくことになる。
究極のダメ人生とは何かを突きつめ、顕揚するためには、繊細な人間観察に支えられた良識が求められる。「有効なアドバイス」の名を借りて私たちの愚行を列挙していくときの著者の眼差しは、だから厳しく、やさしい。このやさしさこそは、修辞の逆説を超えて胸に残る、血の通った最大のレッスンだと言えるだろう。
堀江敏幸・理工学部教授(訳者は商学部教授)
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