第582号(2007年4月1日発行)
本棚
「マリー・アントワネット(上・下)」
シュテファン・ツヴァイク 著/中野京子 訳
角川文庫、各590円 |
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面白すぎる本である。
歴史を「ありのままに」書くことは誰にもできないが、あたうかぎり忠実に、しかもとびきり面白く書くことはできると教えてくれる、伝記文学の金字塔なのだ。
絢爛たる絵巻の縦糸たる主人公アントワネットは「興味は遊びとオシャレ」という少女。つまり「ふつうの女の子」である。
この凡人たる少女が、過酷な運命のムチによって次第に偉大な女性へと変身していく。すべてを失うにつれ、むしろ真の王妃とも言える高貴さを得ていくのである。
横糸はやはりフランス革命だ。崇高な理念の旗には、生身の人々のさまざまな思惑や怨恨がどのように入り混ざっていたのか。新たに権力を握った者達がいかに急速に腐敗していったか。そして今では自明な存在であるこの大革命が、じつはどれほど数多くの偶然に支えられていたか。王家のパリ脱走など、結末のよく知られた事件を扱いながら、なおかつ読者をハラハラさせずにはいないツヴァイクの手腕は見事だ。子供のころ冒険譚や物語に心躍らせた喜びにも似た楽しさが味わえるだろう。原文の息づかいまで生き生きと伝える読みやすい新訳で本書を楽しめる喜びを、より多くの読者とわかちあいたい。
谷川かおる・理工学部講師(訳者は理工学部講師)
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