第592号(2008年2月1日発行)
本棚
「怖い絵」
中野 京子 著 (朝日出版社、1800円) |
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「死と太陽は直視できない」という。しかしそれでもひたと見つめようとする。心の底から怖くなる。
優れた絵とはこの恐怖から生まれるのかもしれない。なぜなら見つめ、見つめ、見つめ、見つめて、いまだなお見えぬ死の終わりの冥さを何とか描こうとするのが画家の、否、人の業だからである。
こうして生まれた16世紀から20世紀にかけての西洋の二十幅の『怖い絵』を著者はひたむきに見る。
そこに描かれているのは肉体の死だけではなく、その脆い肉体に襲いかかる精神の死が織り成すさまざまな人間模様である。
例えば、ダヴィッドの『マリー・アントワネット最後の肖像』。まれに見る変節漢ダヴィッドの底意地の悪さが怖いのではない。画家が図らずもアントワネットを「大した女性」に描いてしまい、その分、画家の悪意だけが増幅されるという仕掛けが怖いのだ。これはまさしく画家の精神の死の怖さである。
生の実感を得るために死の恐怖を見る著者の強さがこんな風に『怖い絵』の真に迫っていく。怖い本だ。
菊池良生・理工学部教授
(著者は理工学部講師)
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