第597号(2008年7月1日発行)
本棚
「ハプスブルク帝国の情報メディア革命 ─近代郵便制度の誕生」
菊池 良生 監修 (集英社、700円)
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ホルンの音が聞こえてくる。郵便配達人が宿駅に到着する知らせだ。すると、次の配達人は準備を始め、郵便袋を受け取ると直ちに出発する。郵便は、「夜も昼も一刻も失うことなく飛ぶように速く」運ばれていく。今となってはノスタルジックな風景ではあるが、16世紀に響いたこのホルンの音こそ、西欧に近代の幕開けを告げるものであった。
本書は、古代ローマの時代から現代に至る郵便の歴史をたどりながら、16世紀にハプスブルク家によって整備されたヨーロッパ郵便網が、画期的なスピードで情報を正確に伝達する「革命的メディア」となり、欧州社会全体の仕組みを変えていく過程を鮮やかに解き明かす。
ただし、この通信網が運んだものは情報だけではなかった。郵便のスピードと定期性は、身体的生理と関係のない生活のリズムをもたらす。時間が生活を管理していく。時に追われる人間のせわしない営みの端緒を、著者は近代郵便制度の確立にみる。その成り立ちが文化史の観点から、迫力ある筆の力によって、実に「スロー」に描かれていく。
松澤淳・文学部講師
(著者は理工学部教授)
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