昨年、『矢野峰人選集（全三巻）』第一巻の責任編集をしたとき、矢野博士の詩文を読み返して、第一級の学者は、専門書でなくても優れた仕事を公にするものだと感嘆したが、今回の森洋子博士の著作でもそれと相似た感動を味わった。

　ブリューゲル研究の世界的権威である森博士の、いわば「研究余滴」とも言えるエッセイを集めた本書は、学問にまい進することがどれだけ人間的な行為であるかを読者にさりげなく示して貴重である。

　ブリューゲルとの出会い、ブリューゲル作品を見る視点のあれこれ、国籍を異にするあまたの碩学や友人との運命的かつ人間的な交流、ブリューゲルと現代の時空を超えたつながり、ホガースをはじめとする他の美術作品、研究領域とは異なる分野での国際交流、研究生活の日常から生まれた多彩なエッセイ。

　読者は本書を通して、人間に対する深い理解こそが学問には欠かせないということに改めて気づくことだろう。

　人の世の愚かしさを嘆くまえに、まずは本書を手に取ってみてはいかがだろうか。

　高遠弘美商学部教授（著者は明大名誉教授）



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