第600号(2008年10月1日発行)
本棚
「予告された殺人の記録 十二の遍歴の物語」
G・ガルシア=マルケス 著 旦 敬介 ほか 訳(新潮社、2600円) |
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「遍歴」という語には、なんともいえずあらがいがたい魅力がある。ある種の物悲しさ、生真面目さを伴う、真の意味で到達地点に至ることのない崇高な旅。
本書は、12の数奇な旅をまとめたものだが、最初から短編集として書かれたものではない。コラムやドラマなど別の形でいったん世に送り出された後、作品自体が遍歴を重ね、姿を変えてこの本となった。
なかの一編に、夢が鍵となる作品があるが、マルケス自身、死にまつわる啓示的な夢によって、この本の着想を得たという。そこから生まれた物語は、大統領から老いた娼婦まで、あらゆる種類の人間を描いてはいるが、すべて祖国を離れて欧州に生きるラテンアメリカ人をめぐる体験であるという点で一貫性がある。いずれもまったく常規を逸していて、「ラテンアメリカ的な」としか言いようのないメタファーを伴い、現実以上に真実らしさをもって迫ってくる。
遍歴を経て変容した記憶が、幻滅と郷愁を超えて作品化される創作の秘密そのものをも、この短編集は、懇切な訳とともに体現している。
(渡辺響子法学部准教授、訳者は国際日本学部准教授)
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