第610号(2009年8月1日発行)
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「空飛ぶ法王─一六一俳句」
夏石番矢(乾昌幸) 著(こおろ社、2400円) |
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丸い地球のどこへでも、身も軽く飛び跳ねてお出ましのその足跡ならぬ飛跡、とはいってもこれは宇宙から飛来する八百万の宇宙線の軌跡ではない。
れっきとした世界にひとつの総本山が、いかなる風の吹き回しか、はたまた山をも動かす天の声に誘われてか、自ら腰を上げて世界漫遊の旅に就いたそのありがたい行幸のしるしである。
歌枕をたずねるところに生ずる句の月並みの営為の逆転に想を発したものにほかならないが、これまた作者ならではの無二の飄逸の歩み、あるいは飛翔のしるし。蒼穹の深淵にふと兆すその姿は遍在の証であれ、ひるがえる法衣には血塗られた紅の斑が点々と、きょう日すさんだ地上をくまなく飾る禍事の百花繚乱。こぼたれた石窟像の無残なえぐり跡は面の裏面を露呈して、また虚栄の市の見事な隕石痕に思わず喝采しつつ、いたるところに空飛ぶ法王の五文字が、あるいはかたしろとして、あるいは呪文、封印として、貼付けられる。禍言にして寿言。律儀な算術では八音、字義の便法なら四音のその護符の、霊験あらたかなこと限りない。
須永恒雄・法学部教授(著者は法学部教授)
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