第621号(2010年7月1日発行)
本棚
「フォークナー、もう一つの楽しみ」
−短編名作を読む−
池内 正直 著(朝日出版社、1300円) |
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フォークナーといえば玄人好みで、難解な作家という印象があるのだが、本書は知のジャングルと見紛う森への入り口を、時にゼミの学生たちという一般の反応を交え、分かりやすく照らし出してくれる良書である。
扱われる作品は5短編。それぞれ、アメリカ南部特有の気候風土とその集団心理、ある衝撃的な結末とその裏に隠された人間の業の深さ、一人の黒人の死の美学とは対照的なネイティヴ・アメリカンの堕落と滅び、子どもの視点を利用して描き出される悲哀とユーモア、邪悪さを乗り越えて成長する少年の姿などを著者は読み解く。そこにあるのは上質なミステリーのように、深い読みでしか知り得ない、重層的な人間の真の姿なのである。
著者が全編を貫くたくらみとして提示しているのは、「言い落とし」によって読者を「宙吊り」にする手法である。またフォークナーを国内外の多数の文学作品と比較することで、その巧みさをより一層鮮やかに際立たせている。フォークナーの奥深い迷宮に分け入りたい気にさせてくれる一冊である。
中野 里美・法学部講師(著者は政治経済学部教授)
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