日本の有権者の政党選択行動 日本人は政党の経験値よりも『実務能力』を重視している
2025年06月16日
明治大学
日本の有権者の政党選択行動
日本人は政党の経験値よりも『実務能力』を重視している
日本人は政党の経験値よりも『実務能力』を重視している
発表のポイント
- ● 明治大学政治経済学部の加藤言人専任講師らの研究グループは、日本の有権者が選挙で政党を選択する際に、政策がどれだけ一致しているかだけでなく、「実務能力」のような政策以外の属性(ヴェイレンス)も同じくらい考慮して決めていることを調査により明らかにしました。
- ● 政党評価の向上には、存在感(議員の数)、公約実現度、立法生産性(提出法案数)や、スキャンダルの少なさなどが重視される一方で、継続性(結党からの年数)や経験(複数当選議員の割合、党首の在任期間)などはあまり重視されません。
- ● ヴェイレンス属性と政策一致度はそれぞれ独立して政党評価に影響します。ヴェイレンスの評価が高いからといって政策の重要性が低下する訳ではありません。
政治の世界では、政党が何をしようとしているのか(政策)だけでなく、どれだけ実務能力がありそうか、どれだけ信頼できるかといった要素(ヴェイレンス注1)が有権者の投票行動に影響を与えることが知られています。しかし、個人の候補者レベルの研究が進む一方で、政党レベルでは、どのようなヴェイレンス属性が重要で、政策とどのように相互作用するのかが未解明でした。本研究では、日本の有権者を対象としたコンジョイント実験注2を用い、この課題に取り組みました。その結果、有権者が特定のヴェイレンス属性を重視することと、それらが政策と独立して政党評価に影響することを明らかにしました。本研究は、Jordan Hamzawi(Assistant Professor, University of Wisconsin-Eau Claire)、加藤言人(明治大学専任講師)、遠藤晶久(早稲田大学教授)らの研究グループにより実施されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと
政治学においては、投票行動に影響を与える要因として主に政策的な立場(争点態度)が中心的に取り扱われてきましたが、それ以外の要因であるヴェイレンス属性についてはそれほど多くの研究がなされてきませんでした。争点態度とは、どのような法律を制定し、どのようなプログラムを実施するかといった具体的な政策に対する好みのことです。一方、ヴェイレンスは政策以外に候補者や政党が持つ属性のことで、能力や経験などが含まれます。政策に対する好みは有権者ごとに異なると考えられるのに対し、ヴェイレンスは「より高い方が好ましい」という普遍的な性質を持つとされてきました。
これまでの研究では、主に候補者レベルでのヴェイレンスが有権者の投票行動に影響を与えることが示されてきましたが、政党レベルでの分析はあまり進んできませんでした。しかし、近年の日本の投票行動研究では、長期政権を維持してきた自由民主党が必ずしも有権者に最も人気のある政策を掲げているわけではないことが分かり、有権者が政党レベルでのヴェイレンス属性を重視している可能性が指摘されています。ただし、どのような政党ヴェイレンス属性がより重視されるかについてはまだ不明確でした。また、政党は政策とヴェイレンスを組み合わせて有権者に訴えかけていると考えられますが、ヴェイレンスの高さが政策の影響を弱めるのかどうかなど、その詳細なメカニズムについては十分な検討が行われてきませんでした。
(2)今回の研究で明らかになったこと
本研究では、政党レベルの投票選択について、先行研究の課題であった「どのようなヴェイレンスが重要か」「ヴェイレンスは政策の影響力を弱めるか」という点に焦点を当てました。これを明らかにするために、2022年の日本の参議院選挙の直前にオンライン調査を実施し、コンジョイント実験を行いました。
コンジョイント実験は、調査回答者に対して政策属性とヴェイレンス属性をランダムに組み合わせた架空の政党プロファイルを複数提示し、好ましいと思う方を選ばせることで、有権者が各属性にどれだけ価値を置いているかを測定する実験手法です。今回は、政党の政策に関する3つの属性に加え、政党のヴェイレンス属性として、閣僚の有無、委員長の数、国会議員数、提出法案数、公約実現度、複数当選議員の割合、結党からの年数、候補者を擁立した選挙区の割合、スキャンダル報道回数、党首の在任期間、党首のパーソナリティの11の属性を設定し、その影響を詳細に分析しました。政策については、有権者の好みを事前に聞き、政党の政策との近さを示す指標(政策近接性スコア)を作成しました。
主な結果として、以下の点が明らかになりました。
1. 政策とヴェイレンスの両方が重要であること: 有権者は、政策が自身の好みに近いほど、またヴェイレンスが高いほど、その政党を選ぶ可能性が高まります。この傾向は、選挙制度(選挙区か比例代表か)による大きな違いは見られませんでした。
2. 特定のヴェイレンス属性がより重視されること: 11種類のヴェイレンス属性のうち、有権者が特に重視していたのは、政党の国会内での存在感(国会議員数、委員長数)、公約実現度、立法生産性(提出法案数)、そしてスキャンダル報道の少なさでした。
3. 重視されにくいヴェイレンス属性があること: 一方、政党の継続性(結党からの年数)や経験(複数当選議員の割合、党首の在任期間)といった属性は、他の属性に比べて重視されない傾向が見られました。経験が全くない政党や党首は避けられる傾向があるものの、最低限の経験があれば、それ以上に経験を積んでも有権者の支持が増えるわけではない、あるいは減少する可能性さえ示唆されました。党首のパーソナリティや候補者擁立数は、有権者の選択に与える影響が小さいか、明確な傾向が見られませんでした。
4. ヴェイレンス属性と政策の影響はそれぞれ独立していること: ヴェイレンスが高い政党であっても、政策が有権者の好みから離れている場合、支持が低下する傾向が見られました。よって、ヴェイレンスが高いと政策の重要性が低下するという仮説は支持されませんでした。つまり、ヴェイレンスと政策はそれぞれ独立して、有権者の政党選択に影響を与えていると考えられます。トータルでの効果の大きさは、ヴェイレンスと政策で同程度でした。
5. 支持政党によるヴェイレンス評価の傾向: 自民党の支持者は、複数当選議員の割合について、多すぎない「中程度」を好む傾向が見られました。また、無党派層や既存野党の支持者は、スキャンダル報道に対して自民党支持者よりも強く反応し、スキャンダルが多い政党を強く罰する傾向が見られました。一方、日本維新の会などの新興野党の支持者は、経験豊富な議員の存在やスキャンダルに対する懸念が他の野党支持者や無党派層よりも低い可能性が示唆されました。
これらの結果は、有権者が政党を評価する際に、その政策だけでなく、国会での影響力や活動実績、スキャンダルなどと関連する信頼性といった具体的な「実務能力」に関わるヴェイレンス属性を重視していることを、詳細な実験データに基づいて明らかにしたものです。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究の成果は、有権者の投票行動や政党競争への理解を深める上で重要な示唆があります。特に日本の政治においては、自民党が長年にわたり政権を維持してきた要因の一つとして、有権者が重視する政党の規模の大きさ、公約実現度、立法生産性といった実務能力に関連するヴェイレンス属性において、他の政党よりも優位にあることが影響している可能性を、実証的に支持するものです。ただし、分析結果は、所属議員や党首の経験値や党の歴史の長さといった属性は有権者の政党評価に必ずしも直結しないことも示唆しています。この結果は、政権与党として長く務めた経験それ自体が自民党支持を下支えしている訳ではないことを含意していると考えられます。
野党にとっては、単に政策的な対立軸を示すだけでなく、実務能力に関連するような、有権者が重視するヴェイレンス属性をどのように向上させ、アピールしていくかが、無党派層などの幅広い層からの支持を獲得し、政権交代を目指す上での重要な戦略となりうることを示唆しています。また、分析結果は、無党派層や既存野党の支持者は、スキャンダル報道の多寡に対して、より敏感に反応する傾向があることを示唆しています。既存野党が新しい支持の獲得を狙う上では、自民党や新興野党に比べて、信頼度の醸成により注意を払う必要があるといえるかもしれません。
野党にとっては、単に政策的な対立軸を示すだけでなく、実務能力に関連するような、有権者が重視するヴェイレンス属性をどのように向上させ、アピールしていくかが、無党派層などの幅広い層からの支持を獲得し、政権交代を目指す上での重要な戦略となりうることを示唆しています。また、分析結果は、無党派層や既存野党の支持者は、スキャンダル報道の多寡に対して、より敏感に反応する傾向があることを示唆しています。既存野党が新しい支持の獲得を狙う上では、自民党や新興野党に比べて、信頼度の醸成により注意を払う必要があるといえるかもしれません。
(4)課題、今後の展望
本研究は、コンジョイント実験という手法を用いることで、具体的な政党名を使わずにヴェイレンスの高低を客観的に測定しました。しかし、実際の選挙におけるヴェイレンス評価は、メディア報道や所属政党への支持態度などによって主観的に形成される側面もあります。今後は、選挙結果データや世論調査など、より現実の政治状況に近い文脈で、有権者が政党のヴェイレンスをどのように認識し、それが投票行動にどう影響しているのかを分析する必要があります。
また、本研究は日本の有権者を対象としたものですが、他の選挙制度(例: 純粋な比例代表制や、小選挙区制)や異なる政治文化を持つ国々において、有権者がどのようなヴェイレンス属性を重視するのか、本研究の結果が一般化できるのかについても、さらなる比較研究が必要です。党首のパーソナリティなど、本研究で明確な傾向が見られなかったヴェイレンス属性についても、別の測定方法やより詳細な分析を通じて、その影響を探る余地があります。
加えて、本研究では、政党レベルのヴェイレンスが、候補者レベルのヴェイレンスとどのように関わりあっているかについては詳細に検討できていません。将来的には、政党のヴェイレンスと政党に所属する候補者個人のヴェイレンスが、有権者の意思決定にそれぞれどのように、そして相互に影響し合っているのかをさらに解明し、多様な選挙制度の下での有権者と政党の関係性、そして選挙結果を決定する要因についての包括的な理解の獲得を目指したいと考えています。
また、本研究は日本の有権者を対象としたものですが、他の選挙制度(例: 純粋な比例代表制や、小選挙区制)や異なる政治文化を持つ国々において、有権者がどのようなヴェイレンス属性を重視するのか、本研究の結果が一般化できるのかについても、さらなる比較研究が必要です。党首のパーソナリティなど、本研究で明確な傾向が見られなかったヴェイレンス属性についても、別の測定方法やより詳細な分析を通じて、その影響を探る余地があります。
加えて、本研究では、政党レベルのヴェイレンスが、候補者レベルのヴェイレンスとどのように関わりあっているかについては詳細に検討できていません。将来的には、政党のヴェイレンスと政党に所属する候補者個人のヴェイレンスが、有権者の意思決定にそれぞれどのように、そして相互に影響し合っているのかをさらに解明し、多様な選挙制度の下での有権者と政党の関係性、そして選挙結果を決定する要因についての包括的な理解の獲得を目指したいと考えています。
(5)研究者のコメント
本研究の結果は、日本の有権者が自民党を(政策以外の理由で)支持し続ける背景として、政党としての経験値を重視しているわけではないことを示唆するものです。直近の衆議院議員選挙で、自民党は議会多数を失いました。このような結果は、「実務能力」の評価における自民党の相対的優位が崩れてきていることを示唆します。
(6)用語解説
- 注1 ヴェイレンス属性(Valence attributes)
政党や政治家の政策(争点態度)以外の属性のこと。能力、経験、実績、信頼性、カリスマ性など、一般的に有権者にとって「高い方が望ましい」「誰もが好む」と考えられる性質を指します。 - 注2 コンジョイント実験(Conjoint experiment)
サーベイ調査実験の手法の一つ。 複数の属性(例: 価格、デザイン、性能)を持つ製品やサービスなどの選択肢を様々に組み合わせたものを提示し、調査回答者の選択傾向を分析することで、調査回答者が各属性にどれだけ価値を置いて(強い選好を持って)いるかを統計的に評価する研究手法です。本研究では、この手法を政党選択における政策属性やヴェイレンス属性の評価の文脈に適用しました。
(7)論文情報
雑誌名
Party Politics論⽂名
What brings you to the party? Voter preferences on parties through policy and valence dynamics執筆者名(所属機関名)
(筆頭著者)Jordan Hamzawi (University of Wisconsin-Eau Claire), (共同筆頭著者・責任著者)Gento Kato* (Meiji University), Masahisa Endo (Waseda University)掲載⽇時(⽇本時間)
2025年5月5日(online first)掲載URL
DOI
(8)キーワード
政党選択、政党評価、政策一致度、ヴェイレンス、 コンジョイント実験(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
科学研究費助成金・基盤研究(A)「日本から世界への「行動政治学」の発信:オンライン実験による非合理的政治行動の研究」(19H00584)
- お問い合わせ先
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MAIL:koho@mics.meiji.ac.jp
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