発酵食品に含まれる乳酸フェニルアラニンが動物で精神的ストレスの低減効果を発揮する新しいメカニズムを解明
2026年06月05日
明治大学
発酵食品に含まれる乳酸フェニルアラニンが動物で精神的ストレスの低減効果を発揮する新しいメカニズムを解明
明治大学農学部の金子賢太朗准教授と同大学院農学研究科の鈴木詩萌(博士前期課程2年)、同農学部の瀬戸義哉准教授、中村孝博教授、京都大学薬学部の井上飛鳥教授、木瀬亮次助教らの研究グループは、運動時に体内で産生され、発酵食品にも含まれる代謝産物「乳酸フェニルアラニン」をマウスに経口摂取させることにより、精神的ストレス緩和作用を発揮することを発見しました(図1)。乳酸フェニルアラニンはこれまで、運動による食欲抑制や代謝調節との関連が報告されていましたが、本研究は、乳酸フェニルアラニンと不安関連行動との関連を示した初めての研究成果です。本研究成果は、発酵食品由来成分が脳機能やストレス応答に作用する可能性を示すものであり、「食」と「脳」をつなぐ新たな知見につながることが期待されます。また本成果を展開させることにより、内因性代謝産物を活用した新たな機能性食品の開発や、日常生活の中で取り入れやすいストレス緩和戦略につながることが期待されます。
本成果は2026年5月29日にSpringer Natureが発行する国際学術誌『Translational Psychiatry』に掲載されました。
論文タイトル:Lac-Phe elicits anxiolytic-like effects associated with monoaminergic signaling in mice
なお、金子賢太朗(田中パネル)、瀬戸義哉(福島パネル)、井上飛鳥(水島パネル)の3名は創発的研究支援事業に採択された創発研究者です。
また本研究は、明治大学科学技術研究所重点研究A、JST FORESTプログラム、JSPS科研費、AMED-CREST、公益財団法人ロッテ財団、公益財団法人上原記念生命科学財団などの支援を受けて実施されました。
研究の背景
慢性的なストレスは、不安障害や抑うつ状態などの精神的不調を引き起こす要因の一つであり、現代社会における重要な健康課題となっています。ストレスは脳内の情動制御機構に影響を与え、意欲や生活の質の低下につながることが知られています。現在、不安障害に対してはセロトニンやドーパミンなどのモノアミン神経系を標的とした治療薬が用いられていますが、十分な効果が得られない場合や、副作用・依存性などの課題も指摘されています。そのため、従来とは異なる作用機序を有する新たな機能性成分の探索が求められています。
本研究で着目した乳酸フェニルアラニンは、乳酸とフェニルアラニンがアミド結合した代謝産物であり、運動時に体内で産生されることが知られています。これまでの研究では、運動による食欲抑制や体重減少、代謝調節との関わりが報告されていましたが、脳機能や情動行動への影響についてはほとんど明らかになっていませんでした。
さらに、乳酸フェニルアラニンはパルメザンチーズや醤油などの発酵食品にも含まれていることが報告されており、一部の乳酸菌は発酵過程で産生することが知られています。しかし、発酵食品由来成分である乳酸フェニルアラニンが、動物個体において精神的ストレス緩和作用を示すかどうかについては、ほとんど報告例がありませんでした。
研究の成果
本研究では、乳酸フェニルアラニンがマウスにおいて精神的ストレス緩和作用(抗不安様作用)を示すかどうかを検証するため、代表的な不安様行動(情動行動)注1の試験系として知られている高架式十字迷路試験(EPM)注2および新奇環境摂食抑制試験(NSFT)注3を用いて検証しました。
EPMを用いた試験では乳酸フェニルアラニンを経口投与したマウスにおいて、オープンアームでの滞在時間と滞在頻度を増加させることを明らかにし、乳酸フェニルアラニンには抗不安様作用があることを見出しました(図2)。また、乳酸単独、フェニルアラニン単独、両者の混合投与では同様の作用は認められず、乳酸フェニルアラニンの結合状態が重要であることが示されました。さらに、腹腔内投与および脳室内投与においても同様の抗不安様作用が認められました。そして、NSFTを用いた試験では、Lac-Phe投与群においてセンターエリアでの滞在時間と滞在頻度が増加し、複数の行動評価系において抗不安様作用を示すことが確認されました。
中枢神経系において情動行動制御に関わる神経伝達物質注4として、セロトニンおよびドーパミンが知られています。そこで乳酸フェニルアラニンの抗不安様作用の基礎となるメカニズムを調べるため、ドーパミン系とセロトニン系に注目しました。
ドーパミンD1受容体拮抗薬SCH23390およびセロトニン5-HT1A受容体拮抗薬WAY100135を用いて解析を行いました。その結果、これらの阻害薬を投与することで、乳酸フェニルアラニンによる抗不安様作用が抑制されることを明らかにしました。これにより、乳酸フェニルアラニンによる抗不安様作用には、ドーパミン系およびセロトニン系が関与している可能性が示されました。
また、乳酸フェニルアラニン投与後には、視床下部および線条体においてドーパミン量の増加が認められました(図3)。さらに、海馬における炎症性サイトカインIL-1βおよびIL-6の発現量低下に加え、急性ストレス負荷後の血中コルチコステロン濃度の低下も確認されました。これらの結果から、乳酸フェニルアラニンはモノアミン神経系および脳内炎症制御を介して、精神的ストレス緩和作用を発揮する可能性が示されました。
今後の展望
本研究では、発酵食品に含まれる乳酸フェニルアラニンをマウスに経口投与することで、抗不安様作用が誘導されることを初めて明らかにしました。本成果は、発酵食品由来成分が脳機能やストレス応答に作用する可能性を示すものであり、「食」と「脳」をつなぐ新たな知見につながると考えられます。また、乳酸フェニルアラニンは運動によって体内で産生される代謝産物であることから、運動による精神的健康維持との関連についても、今後さらなる研究の進展が期待されます。さらに、発酵食品にも含まれることから、日常的な食事を通じたストレス応答制御への関与についても検討を進めていきたいと考えています。今後、本研究をさらに発展させることで、内因性代謝産物を活用した新たな機能性食品の開発や、日常生活の中で取り入れやすいストレス緩和戦略につながることが期待されます。
論文情報
雑誌名
Translational Psychiatry
論文タイトル
Lac-Phe elicits anxiolytic-like effects associated with monoaminergic signaling in mice
著者
Shiho Suzuki, Kanon Chiba, Hanako Kanzaki, Hisako Takahashi, Yukiko Yamazaki, Nozomi Takahashi, Miho Naoi, Ryoji Kise, Asuka Inoue, Kei Tsuzuki, Yoshiya Seto, Takahiro J. Nakamura, and Kentaro Kaneko
DOI
- 注1 不安様行動
無侵襲な条件下で、マウスにとって潜在的に危険を感じる環境での行動。切迫していない潜在的な危険への忌避行動を観察することでマウスの不安の程度を評価しています。ヒトの不安症状と類似点があり、市販されている抗不安薬の開発にも使用されています。しかし、ヒトが感じる不安(精神的ストレス)を完全に再現しているかどうかは立証が難しいため、一般的に不安様行動と呼ばれています。
- 注2 高架式十字迷路試験
マウスの不安様行動を評価する代表的な試験。迷路は高所にある2つの壁のないアーム(オープンアーム)と、2つの壁のある閉じたアーム(クローズドアーム)で構成されています。この評価系は、新しい環境において動物は壁の近くを好む(囲まれた空間に滞在する)という自然な性質を利用し、かつ、高所に対する無条件の恐怖に依存しています。オープンアームでの滞在時間が長ければ不安様行動が減少しており、短ければ不安様行動が亢進していると解釈する実験になります。
- 注3 新奇環境摂食抑制試験
オープンフィールドを利用した不安様行動を評価する試験。マウスが新しい環境(新奇環境)下でエサを探索できるかを観察しています。正方形の箱の中心にエサを置き、空腹を感じているマウスが壁から離れた箱の中心領域(センターエリア)でエサを探索できるのか、その滞在時間の長さで不安レベルを評価しています。
- 注4 神経伝達物質
シナプス(神経細胞間や神経細胞と他種細胞間に形成される神経活動に関わる接合部位)において、情報伝達(シグナル伝達)を媒介する物質。セロトニンやドーパミンは代表的なモノアミン神経伝達物質。セロトニンはトリプトファンから脳内で合成され、気分や不安、攻撃性、恐怖といった行動を制御しています。また、ドーパミンはチロシンを材料として合成され、幸福感、意欲、運動機能、ホルモン調節、学習などの行動の制御に関わっています。
- お問い合わせ先
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研究に関するお問い合わせ
明治大学農学部 農芸化学科栄養生化学研究室 准教授 金子賢太朗
EMAIL:kanekok@meiji.ac.jp -
取材に関するお問い合わせ
明治大学 経営企画部 広報課
TEL:03-3296-4082
MAIL:koho@mics.meiji.ac.jp
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