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明治大学国際日本学部 教授 鈴木賢志

夫婦のキャリアアップを支えた縁と運とスウェーデンのダイバーシティ

【縁が繋がって歩んできたこれまでの道のり】
高校生(明治大学付属明治高校)の頃は外交官になりたいと思っていました。公務員を目指して大学で勉強を続けていましたが、そのうち、もっと自由に政策に提言ができる方が自分に向いているのではという思いから㈱富士総合研究所(現みずほ情報総研)に就職しました。自分としてはそれなりに満足して働いていましたが、当時会社の上司であった市川宏雄先生(現本学グローバル・ガバナンス研究科教授)から、海外で学位を取ることを勧められてロンドン大学に留学することを決意しました。1年間で修士課程を終了し、2年目にはウォーリック大学の博士課程に進みました。しかしやがて生活費に困り、どうしようかと頭を悩ませていたところ、当時の指導教官がストックホルム商科大学院欧州日本研究所を紹介してくれました。無給ではあるものの住まいは提供してもらえるという条件に惹かれ、日本から彼女(その後、結婚)を呼び寄せてスウェーデンで生活を始めることになりました。当初はスウェーデンに難色を示していた妻ですが、住み始めてからはむしろ妻の方がすっかり気に入り、Ph.D.を取得したのちに正式な研究員として採用していただきました。それから10年が経ち、自分としてはもう永住するくらいのつもりでいたのですが、ある日突然、研究所が大幅に縮小され、ほぼ全ての研究員が解雇されてしまいました。北欧は社会保障が充実しており生活保護も手厚い反面、会社や組織は解雇がし易いという背景があるとは言え、突然の通達はまさに寝耳に水で、その衝撃の大きさたるや今でもたまに夢に見ます(笑)。実はその頃、妻も博士課程の学生でした。スウェーデンでは学費が無料なのはもちろんのこと、博士課程の学生は研究者として扱われ給与がでるので、それは大変助かりました。彼女の博士論文の外部審査員がオックスフォード大学の方で、そこでのご縁から妻がオックスフォード大学に呼ばれることになり、僕自身もオックスフォード大学に客員研究員の地位を得ました。ちょうど子どもが3歳のときです。運や縁が重なったことで、パートナーと共にライフイベントとキャリアを共有し、共に歩むことができたのは幸運でしたし、移民であってもキャリアアップの機会を惜しみなく与えてくれたスウェーデンという国に感謝しています。その後、明治大学で国際日本学部が創設されると、再び縁あって本学に来ることになりました。

【研究内容について】
もともと日本と英国の政策決定過程の比較研究をしていました。政策がどうやってでき、その過程で企業や政治家がどう関わっているのかという研究です。今は、政治社会学と呼んでいますが、より根本的な社会的背景、社会心理が政策や社会システムにどう反映されていくのか、それぞれの相互作用を日本と諸外国、とりわけスウェーデンを比べ、その要因を探るという研究をしています。今はソーシャル・キャピタル、社会関係資本と呼ばれているものに興味がありますね。社会の信頼感に基づくネットワークづくり、といった意味ですが、この点で言うと日本とスウェーデンはよく似ています。治安の良さや、性善説的なお互いへの信頼感など、共通項が多く見られます。相手が全く信用出来ないとセキュリティを厳重にしなければならないなどのロスが発生しますが、信頼関係が育っていればそういったロスは発生せずそれを強みに変えていくことができる。国際化が進んでいく中で、「信頼感」や「つながり」といったものは今まで以上に意識的に維持しなければならないことだと思います。

【多様な価値観を受け入れるダイバーシティ社会の実現に向けて】
現在、スウェーデンの小学校の教科書の翻訳をしているのですが、「経済」という章に最初に出てくるトピックスが「貧困」であるのに驚きました。小学生4〜6年生の教科書で「格差や貧困はその人達だけの問題ではなく、社会全体の問題である」と教えられるわけです。日本では多くの人たちが自分自身を「中流」「普通」という枠組みの中にいると考え、それが当たり前であり、そこから外れた人に対して「自分たちとは違うもの」という視線を向ける傾向があります。例えば、移民やシングルペアレント、LGBTへの視線、高所得者と低所得者の格差の問題、若者と高齢者の問題、子供を産んだ人と産まなかった人との隔たり、全てにおいて「自分とは違うもの」という認識のもとに考えてしまうと、そこには不信感が生まれ社会がばらばらになってしまいます。昨今では、多様な価値観を受け入れるべきだ、というダイバーシティの考え方が広まってきてワンステップ進んだかもしれませんが、まだまだそれに対応する方法は模索中、というところだと思います。移民としてスウェーデンのダイバーシティの寛容さを体感してきた経験を日本に伝えることは、私なりのスウェーデンへの「恩返し」でもあります。

【男は子育てを「手伝う」のではない】
毎年、ゼミ生を連れてスウェーデンに研修に行くのですが、うちのゼミ生があちらの方に「旦那さんは育児を手伝ってくれますか?」という質問をして、先方がぽかんとしてしまった、ということがありました。なぜなら「手伝う」という言葉がおかしい。父親になったら、自分の子どもなのだから自分が主体的に育てるのが当たり前で、そうする環境が整っているスウェーデンでは、平日の昼間にベビーカーを押している男性を見ることはなんら不自然なことではありません。自分も3ヶ月育休を取り、その後も子育てにはしっかり参加してきた自負があります。日本だと、子どもができるとキャリア的にはマイナスのイメージがありますが、子育てをするとタイムマネジメントがうまくなると思います。子育てが落ち着いた今、自分のパフォーマンス力が上がっていると感じます。自分を鍛えることになるというプラスの側面はたいへん大きなものがあると思いますね。

【学生・若手研究者へメッセージ】
研究にせよ、職場環境などの社会環境にせよ、今あるものが絶対ではないと思ってほしいです。自分が日本にいると、その感覚が全てだと思いがちですが、もっと外に出て、柔軟な頭を常に持っていてほしいですね。

※本ページ記載の役職は作成日現在のものです。