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プレスリリース

カリウムによるラン藻のバイオプラスチック増産効果を発見 〜二酸化炭素からバイオコハク酸を生産〜

2016年08月31日
明治大学

カリウムによるラン藻のバイオプラスチック増産効果を発見
〜二酸化炭素からバイオコハク酸を生産〜

要旨

 JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAにおいて、明治大学 農学部の小山内 崇 専任講師らは、カリウムを用いたラン藻の培養によって、プラスチック原料となるコハク酸と乳酸の生産量が増大することを発見しました。
 有機酸注1)は生物が作り出す多様な化合物であり、その中でもコハク酸、乳酸はバイオプラスチックの原料となることが知られています。コハク酸などのプラスチック原料となる有機酸は、主に石油などを用いて化学的に合成されています。しかし、化石資源の枯渇や地球温暖化の問題から、生物を利用した有機酸生産が注目を浴びています。特に、光合成による二酸化炭素を用いた有機酸生産法は、現時点では効率が悪いものの、完成すれば環境問題の解決に役立つ技術となります。
 本研究グループは、細菌ながら植物と同じ光合成を行うラン藻(シアノバクテリア)の研究を行いました。これまでに研究グループは、嫌気、暗条件注2)にするとコハク酸や乳酸を生産することを見出しています。より効率的な生産が可能となる培養条件を探索したところ、カリウム添加によって、コハク酸、乳酸の生産量が増加することが明らかになりました。さらに遺伝子改変を組合せることで、コハク酸、乳酸生産量がそれぞれ11倍、46倍に増大することがわかりました。
 このように本研究では、ラン藻を用いて二酸化炭素をバイオプラ原料に効率的に変換する技術を開発しました。このような光合成生物の応用研究を発展させることで、環境負荷の低減に寄与することが期待されます。
 この研究は、明治大学 農学部 上田 紗季子、川村 優樹(以上農芸化学科4年生)、飯嶋 寛子(共同研究員)により進められ、理化学研究所 平井 優美 チームリーダー、近藤 昭彦 チームリーダー(神戸大学教授)、白井 智量 副チームリーダーらの研究グループと共同で行ったものです。
 本研究成果は、2016年8月31日(英国時間または米国東部時間)発行の英国科学学誌「Scientific Reports」に掲載されます。
※研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
学部4年生 上田 紗季子(うえだ さきこ)
学部4年生 川村 優樹(かわむら ゆうき)
共同研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)

理化学研究所 環境資源科学研究センター
代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
細胞生産研究チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
テクニカルスタッフ 岡本 真美(おかもと まみ)
 

1.背景

 ラン藻はシアノバクテリアとも呼ばれ、光合成を行う細菌です。光合成を行うことで、大気中の二酸化炭素を取り込み、これを原料として糖、アミノ酸、有機酸など、様々な物質を合成しています。生物が作り出す様々な物質のうち、コハク酸や乳酸などの有機酸はバイオプラスチックの原料となります。すなわち、ラン藻が生産する有機酸は、二酸化炭素を原料として作られていると言えます。ラン藻による効率的なバイオプラスチックの生産が可能となれば、温室効果ガスの削減や化石燃料消費の低減など、環境問題の解決につながります。
 本研究グループは、世界で最も研究されているラン藻シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)注3)を主体に研究開発を行っています。これまでの研究により、嫌気・暗条件という「発酵」で知られる条件でラン藻を培養すると、コハク酸、乳酸、酢酸などの有機酸を細胞外に放出することが分かっています。研究グループは、培養条件や遺伝子改変による、効率的な有機酸生産系の確立を目指しています。
 カリウムはあらゆる細胞で最も多く存在する陽イオンです。カリウムは電気的中和、膜分極や浸透圧調節など様々な役割を担っています。また、光合成、呼吸の電子伝達にも重要な役割を果たします。このように、カリウムはラン藻細胞で重要な働きを担っていると考えられていますが、有機酸生産への影響は研究されていませんでした。
 そこで本研究では、カリウムなどの陽イオンと細胞の代謝の関係性を考察し、特にバイオプラスチック原料であるコハク酸・乳酸の生産量への影響評価を行いました。

2.研究手法と成果

 ラン藻シネコシスティスを培養したのち、嫌気・暗条件下で様々な塩を添加し、有機酸量への影響を調べました。嫌気・暗条件下で培養する際に塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化カルシウム(CaCl2)をそれぞれ100 mMずつ添加したところ、カリウムを添加しなかった場合に比べてカリウムを添加した場合には、コハク酸量が約3倍、乳酸量が約5.5倍に増加することが分かりました(図1)。また、カルシウムについては、乳酸量が増加することが明らかになりました(図1)。

 次にこのカリウム添加と遺伝子改変を組合せました。過去に研究グループは、酢酸合成酵素AckAとRNAポリメラーゼシグマ因子SigE注4)の2つの遺伝子改変により、有機酸生産量を増大させることに成功しました(明治大学 2015年9月24日 https://www.meiji.ac.jp/koho/press/2015/6t5h7p00000jc80a.html)。この遺伝子改変と、カリウムの添加を組合せたところ、コハク酸、乳酸の生産量がそれぞれ141mg/L、218mg/Lに達しました(図2)。この値は、対照株に塩を加えない培養条件で生産させた時のそれぞれ11倍、46倍になります。

 次にカリウム添加によって、コハク酸や乳酸の生産量が増加した原因を明らかにするために、メタボローム解析注5)を行いました。嫌気・暗条件前後での細胞内の代謝産物量を比較したところ、細胞内のコハク酸、乳酸、フマル酸、リンゴ酸など、有機酸が包括的に増加していることが分かりました。このことから、カリウムによって、有機酸の生合成そのものが大きく促進された可能性が示唆されました(図3)。

3.今後の期待

 今回の研究では、カリウムという安価で普遍的に存在する分子を用いて、ラン藻のコハク酸・乳酸生産量を増加させることができました。また、遺伝子改変を組合せることで、さらに生産量を増やすことに成功しました。現在の生産量は、乳酸とコハク酸を合わせて350 mg/Lですが、研究グループはさらなる効率化によって、工業レベルである50g/L以上に高めていくことを目指しています。このような新しいバイオプラスチック原料の増産法を開発にすることで、将来的な二酸化炭素からのものづくりが可能となることが期待されます。

4.論文情報

<タイトル>
“Anionic metabolite biosynthesis enhanced by potassium under dark, anaerobic conditions in cyanobacteria”
(日本語タイトル カリウムによるラン藻の陰イオン性代謝産物の生合成促進)

<著者名>
Sakiko Ueda*, Yuhki Kawamura*, Hiroko Iijima, Mami Okamoto, Tomokazu Shirai, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai (*同等貢献)

<雑誌>
Scientific Reports

<DOI>
doi: 10.1038/srep32354

5.補足説明

注1)有機酸
酸性の炭素骨格を有する化合物で、主にカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物を指す。

注2)嫌気・暗条件
密閉することにより、酸素濃度をできる限り低くした培養条件。発酵でよく知られる条件である。ラン藻の場合、光があると光合成を行って酸素を発生させるため、嫌気・暗条件で発酵させている。

注3)シネコシスティス
最も広く研究されている淡水性、単細胞性のラン藻。増殖が速く、直径が約1.5マイクロメートルの球形をしている。窒素固定を行わない。1996年に、ラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。相同組換えによる遺伝子の改変が可能であり、凍結保存が可能であるなどの利点を有する。

注4)RNAポリメラーゼシグマ因子SigE
RNAポリメラーゼは、遺伝子であるDNAから遺伝子のコピーであるRNAを合成する酵素である。RNAポリメラーゼは、複数のたんぱく質から構成され、そのうちシグマ因子はDNAと結合し、RNAの合成を開始させる。シネコシスティスは9つのシグマ因子(SigA〜I)を持ち、このうちSigEは、糖代謝の促進に働くことが知られている。

注5)メタボローム解析
細胞内の代謝産物(メタボライト)を一斉に解析する分析手法。

6.発表者・機関窓口

<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
明治大学 農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
専任講師  小山内 崇(おさない たかし)
TEL:044-934-7103 FAX:044-934-7103


<機関窓口>
明治大学 経営企画部 広報課
國井 保成
東京都千代田区神田駿河台1-1
TEL:03-3296-4330 FAX:03-3296-4087 E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp