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プレスリリース

真核微細藻類ユーグレナを使った「バイオコハク酸」の生産に成功

2016年12月21日
明治大学

真核微細藻類ユーグレナを使った「バイオコハク酸」の生産に成功

要旨

JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAにおいて、明治大学 農学部の小山内 崇 専任講師、理化学研究所、神戸大学、株式会社ユーグレナらの研究グループは、ユーグレナによるコハク酸の細胞外生産を発見しました。
生物が生体内で作る有機酸注1)はさまざまですが、その中でもコハク酸はバイオプラスチックの原料として近年注目を集めています。現在、多くのコハク酸は、石油を原料として化学的に生産されています。しかし、石油は限りある化石資源であり、生物由来の環境に優しいバイオコハク酸の生産が望まれており、年々生産量は増えています。微細藻類を利用した光合成によるバイオコハク酸の安定的な生産系が確立できれば、培養時に二酸化炭素を吸収することで温室効果ガス削減に寄与でき、石油の消費量の削減も見込まれます。
そこで本研究グループは、ユーグレナ(和名:ミドリムシ)に着目しました。ユーグレナは単細胞の真核微細藻類の一種で、植物と同じように光合成によって増殖できます。今回、研究グループは、ユーグレナがコハク酸などの有機酸を暗・嫌気条件注2)下で細胞外に放出することを発見しました。コハク酸量は、培養液の種類と炭素源の添加という嫌気の培養条件によって増減しました。また、明・好気条件でユーグレナ細胞を窒素欠乏にした後、暗・嫌気条件にすることで、コハク酸生産量が、通常培養時の約70倍である869.6 mg/Lに増加し、微細藻類によるバイオコハク酸生産の世界最高記録を示しました。
このように本研究では、ユーグレナの光合成の力を使って、バイオプラスチック原料となるバイオコハク酸を生産する技術を開発しました。今後、光合成生物を利用した物質生産が発展することで、環境問題の一つである温室効果ガス削減への寄与が期待されます。
この研究は、明治大学 農学部 農芸化学科 冨田 結芙子(学部4年生)、吉岡 和政(学部3年生)、飯嶋 寛子 共同研究員により進められ、株式会社ユーグレナ 鈴木 健吾 研究開発部長、理化学研究所 平井 優美 チームリーダー、近藤 昭彦 チームリーダー(兼 神戸大学教授)、神戸大学 蓮沼 誠久 教授らの研究グループと共同で行いました。
本研究成果は、2016年12月8日(英国時間または米国東部時間)発行のスイスの科学誌「Frontiers in Microbiology」に掲載されました。

研究グループ

明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室

専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
学部4年生 冨田 結芙子(とみた ゆうこ)
学部3年生 吉岡 和政(よしおか かずまさ)
共同研究員 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)

株式会社ユーグレナ

研究開発部長 鈴木 健吾(すずき けんご)
チームリーダー 中島 綾香(なかしま あやか)
チームリーダー 岩田 修(いわた おさむ)

理化学研究所 環境資源科学研究センター

代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
バイオマス工学研究部門 細胞生産研究チーム
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)

神戸大学 科学技術イノベーション研究科

教授 蓮沼 誠久(はすぬま ともひさ)

1.背景

ユーグレナは、単細胞の真核微細藻類の一種で、動物と植物の両方の性質を併せ持ちます(図1)。鞭毛による自発的な運動性を示す一方、植物と同じように光合成により増殖することができます。光合成を行うことで、二酸化炭素を炭素の原料として、貯蔵多糖であるパラミロン注3)やアミノ酸、有機酸などが細胞内で合成されます。
本研究グループは、ユーグレナの中でも最も研究が盛んに行われているEuglena gracilis(ユーグレナ・グラシリス)を用いて研究を行いました。これまで研究グループは、光合成を行う原核生物であるラン藻が、暗・嫌気条件での培養によって、細胞外にコハク酸や乳酸などの有機酸を放出することを明らかにしています。コハク酸や乳酸は、バイオプラスチックの原料として知られる有用物質です。特にコハク酸は、現在石油から合成されていますが、生物由来のバイオコハク酸の生産量が年々増加しています。
ユーグレナは、株式会社ユーグレナが屋外での大量培養に成功しており、食品や化粧品などに商品化されている数少ない実用微細藻類の一つです。本研究は、このような、すでに社会実装されている微細藻類を利用することで、光合成によるバイオプラスチック生産の工業化を最終目的としています。

2.研究手法と成果

ユーグレナでは、細胞外のコハク酸生産は知られていませんでした。そこで、研究グループは、室温、明・好気条件下でユーグレナを培養した後、暗・嫌気条件下に移行させました。その結果、ユーグレナは、暗・嫌気条件でコハク酸を細胞外に放出することが分かりました。
次に、暗・嫌気培養条件の変化がコハク酸量にどのような影響を与えるのかを調べました。嫌気培養の条件として①培地を合成培地(CM培地)と緩衝液(HEPESバッファー, pH7.8)、②温度を25℃と30℃、③炭素源の添加として炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)とグルコースを用いるか、の3つの条件を変化させました。
その結果、温度に関係なく、合成培地の方が緩衝液よりも多くのコハク酸量を検出しました(図2)。炭素源の添加については、グルコースは、合成培地ではコハク酸量を減少させたのに対し、緩衝液ではコハク酸量を増加させました。炭酸水素ナトリウムは、培養液や温度に関わらず、コハク酸量を増加させました(図2)。
次に、明・好気条件の変化によるコハク酸生産への影響を調べました。外部から炭素源を加えない場合、コハク酸は、細胞内に蓄積したパラミロンを原料として生産されます。ユーグレナのパラミロンは、窒素が欠乏すると蓄積量が増加することが知られています。そこで、明・好気条件でユーグレナを窒素欠乏にした後に、暗・嫌気培養を行ったところ、コハク酸の生産量が、通常培養のユーグレナの約70倍である869.6 mg/Lに達しました(図3)。これは、微細藻類におけるコハク酸生産の世界最高記録になります。
また、コハク酸と同様にプラスチックの原料となる乳酸の放出についても調べました。乳酸は、細胞外に炭素源が存在しない時はほとんど放出されませんでした。しかし、嫌気条件でグルコースが存在すると、乳酸が放出される頻度が高くなることを見出しました。乳酸は不斉炭素原子を有しており、光学異性体であるL-乳酸とD-乳酸が存在します。ユーグレナが産生した乳酸のうち、ほとんどの条件では98%以上がL-乳酸でした(図4)。しかし、合成培地を用いて30℃で嫌気培養を行うと、D-乳酸の割合が28.4%に増加することを明らかにしました。すなわち、乳酸の光学異性体の放出は温度や栄養源に依存することが明らかになりました。D-乳酸は、L-乳酸に比べて市場価値が高いことが知られています。今後、生産される乳酸が変化するメカニズムを解明することで、D−乳酸の割合を高めた乳酸生産が可能となるかもしれません。

3.今後の期待

研究グループは、ユーグレナという実用微細藻類が、バイオプラスチックの原料となるコハク酸・乳酸を生産することを発見しました。特にバイオコハク酸は、生産量が年々増加している有用な化学工業原料です。現在のバイオコハク酸は、酵母などに糖を与えて発酵させることで生産されています。しかし、糖は食料と競合し、価格も上昇していることから、最終的には二酸化炭素からの直接的な変換が望まれています。今回のユーグレナによる最も高い生産量を記録した条件では培養に糖を用いていません。すなわち、二酸化炭素を炭素源としたバイオコハク酸になっています。現時点では、工業生産レベルである数十g/Lよりも低い生産量ですが、研究のさらなる発展により、ユーグレナを用いた二酸化炭素からのバイオコハク酸生産の社会実装が期待されます。

4.論文情報

<タイトル>
Succinate and lactate production from Euglena gracilis during dark, anaerobic condition

<著者名>
Yuko Tomita, Kazumasa Yoshioka, Hiroko Iijima, Ayaka Nakashima, Osamu Iwata, Kengo Suzuki, Tomohisa Hasunuma, Akihiko Kondo, Masami Yokota Hirai, Takashi Osanai

<雑誌>
Frontiers in Microbiology

<DOI>
10.3389/fmicb.2016.02050

5.補足説明

注1)有機酸
炭素骨格を有する酸性の化合物で、主にカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物を指す。

注2)暗・嫌気条件
酸素濃度をできる限り低くした培養条件で、発酵でよく知られる条件である。光合成生物では、光があると光合成を行って酸素を発生させるため、暗条件で発酵させている。

注3)パラミロン
グルコースがβ-1,3-結合で重合した構造をもつ多糖類。動物や微生物のグリコーゲン、植物のでんぷんに相当する。ユーグレナは、光合成により同化した炭素を貯蔵多糖のパラミロンとして蓄積する。


明・好気条件での培養したユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)。スケールバーは20 μm明・好気条件での培養したユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)。スケールバーは20 μm

嫌気培養3日後の細胞外コハク酸量を測定した結果、温度に関係なく、合成培地の方が緩衝液よりも多くコハク酸が検出されました。100 mM グルコースの添加により、コハク酸量は合成培地では減少したのに対し、緩衝液では増加しました。100mM炭酸水素ナトリウムの添加では合成培地、緩衝液に関わらず、コハク酸量が増加しました。嫌気培養3日後の細胞外コハク酸量を測定した結果、温度に関係なく、合成培地の方が緩衝液よりも多くコハク酸が検出されました。100 mM グルコースの添加により、コハク酸量は合成培地では減少したのに対し、緩衝液では増加しました。100mM炭酸水素ナトリウムの添加では合成培地、緩衝液に関わらず、コハク酸量が増加しました。

25℃、CM培地において、明・好気条件下で11日間窒素欠乏状態にしたユーグレナを暗・嫌気条件に移行したところ、3日後の細胞外コハク酸量は通常培養条件と比べて約70倍の869.6mg/Lに達しました。明・好条件下においてユーグレナは貯蔵多糖であるパラミロンを蓄積し、窒素が欠乏すると蓄積量は増加することが知られています。このことから、コハク酸生産量の増大は、ユーグレナのパラミロン蓄積量の増大に起因するものと考えられます。25℃、CM培地において、明・好気条件下で11日間窒素欠乏状態にしたユーグレナを暗・嫌気条件に移行したところ、3日後の細胞外コハク酸量は通常培養条件と比べて約70倍の869.6mg/Lに達しました。明・好条件下においてユーグレナは貯蔵多糖であるパラミロンを蓄積し、窒素が欠乏すると蓄積量は増加することが知られています。このことから、コハク酸生産量の増大は、ユーグレナのパラミロン蓄積量の増大に起因するものと考えられます。

乳酸は不斉炭素原子を有しており、D-型とL-型の光学異性体が存在します。ユーグレナが産生する乳酸は、ほとんどの条件で98%以上L-乳酸でした。しかし、合成培地において30℃で嫌気培養した条件ではD-乳酸の割合が28.4%まで増加しました。乳酸は不斉炭素原子を有しており、D-型とL-型の光学異性体が存在します。ユーグレナが産生する乳酸は、ほとんどの条件で98%以上L-乳酸でした。しかし、合成培地において30℃で嫌気培養した条件ではD-乳酸の割合が28.4%まで増加しました。

お問い合わせ先

<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい

明治大学 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室
専任講師 小山内 崇(おさない たかし)
Tel:044-934-7103 Fax:044-934-7103

<機関窓口>

明治大学 経営企画部 広報課
Tel:03-3296-4330 Fax:03-3296-4087 E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp

株式会社ユーグレナ 経営戦略部 広報IR担当
Tel:03-3453-4907 Fax:03-5442-4907 E-mail: press@euglena.jp

神戸大学 総務部 広報課
Tel:078-803-6696 Fax:078-803-5088
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理化学研究所 広報室 報道担当
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