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プレスリリース

脊椎動物が極めて多様な味覚を持つことを発見 旨味と甘味の味覚の起源に迫る

2023年12月13日
明治大学

脊椎動物が極めて多様な味覚を持つことを発見
旨味と甘味の味覚の起源に迫る
近畿大学農学部(奈良県奈良市)准教授 西原秀典、明治大学農学部(神奈川県川崎市)特任講師 戸田安香、同教授 石丸喜朗、東京慈恵会医科大学(東京都港区)教授 岡部正隆、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所(静岡県三島市)教授 工樂樹洋、東京大学大学院農学生命科学研究科(東京都文京区)特任准教授 岡田晋治らの研究グループは、従来3種類しかないと考えられていた、旨味と甘味を感知する受容体を構成する遺伝子が、脊椎動物全体で11種類も存在することを発見しました。また、新たに発見した遺伝子で構成された受容体は多様なアミノ酸を感知できることも分かり、多くの脊椎動物がヒトよりも多くの旨味・甘味受容体※1を用いて多様な味を認識していることを明らかにしました。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)12月13日(水)19:00(日本時間)に、“Nature Ecology & Evolution(ネイチャー エコロジー&エボリューション)”にオンライン掲載されました。
 

 脊椎動物におけるTAS1R遺伝子の進化について、従来の説と本研究の説との比較

1.本件のポイント

  • 旨味・甘味受容体を構成するTAS1R遺伝子※2は従来3種類のみと考えられてきたが、脊椎動物全体で11種類存在することを発見
  • 多くの脊椎動物が、ヒトよりも多くの種類の旨味・甘味受容体を有し、多様な味覚を持つことを解明
  • 脊椎動物は、進化の過程で多様な味覚の受容体を持つことで、地球上のさまざまな生息環境に適応してきた可能性を示す研究成果

2.本件の背景

哺乳類には、旨味、甘味、苦味、塩味、酸味の5つの基本的な味覚があり、舌にある特定の味覚受容体を介して感知しています。ヒトが旨味と甘味を感知する受容体は3種類の遺伝子から構成されており、旨味受容体はTAS1R1とTAS1R3、甘味受容体はTAS1R2とTAS1R3という遺伝子から作られます。また、同じ脊椎動物で、進化の比較的早い段階で分岐したゼブラフィッシュなどの真骨魚類※3でも、同様に3種類の遺伝子から構成されています。このため、脊椎動物の祖先は3種類の遺伝子を持ち、進化の過程で変化することなくそのまま現在まで受け継がれていると考えられてきました。
しかし、近年の研究で、シーラカンスやゾウギンザメなどの魚類の味覚受容体には、受容体を構成する既存の3種類の遺伝子に分類されないものが見つかっており、従来の説が覆る可能性が示唆されています。しかし、味覚受容体の遺伝子について包括的な特性解析や系統的な分類をした先行研究はなく、詳細は明らかになっていません。

3.本件の内容

研究グループは、研究に用いられるモデル生物に限らず、さまざまな脊椎動物のゲノム情報を解析しました。その結果、従来の3つの遺伝子に属さない未知のTAS1R遺伝子を次々と発見し、脊椎動物全体で11種類のTAS1R遺伝子グループが存在することを明らかにしました。これを生物の進化の系統樹と比較したところ、ヒトを含む硬骨脊椎動物※4の祖先は9種類のTAS1R遺伝子を持ち、それらが長い進化の過程で徐々に失われ、哺乳類と真骨魚類で3種類ずつ残ったことが分かりました。さらに、ポリプテルスやゾウギンザメといった原始的な生物の特徴をもつ魚類で受容体の機能を解析したところ、魚類にとっては必須アミノ酸であり、哺乳類では感知できない幅広いアミノ酸を受容できることが明らかになりました。
これらの結果から、多くの脊椎動物がこれまで考えられてきたよりも多様な旨味・甘味のセンサーを有しており、脊椎動物が地球上のさまざまな環境に適応できた要因の一つは、こうした多様な味覚受容体を持つことで、それぞれの生息域に適応した食性を獲得できたからではないかと考えられます。

4.論文掲載

掲載誌

Nature Ecology & Evolution(インパクトファクター:16.8@2022)

論文名

A vertebrate-wide catalogue of T1R receptors reveals diversity in taste perception
(T1R受容体の網羅的解析から明らかになった脊椎動物の味覚受容の多様性)

著者

西原秀典1,2,#,*、戸田安香3,#、藏本多恵1,4、蒲原功汰3、後藤あず紗3、星野杏子3、岡田晋治5、工樂樹洋6,7、岡部正隆8、石丸喜朗3,* 
#共同筆頭著者 *責任著者

所属

1 近畿大学農学部、2 東京工業大学生命理工学院、3 明治大学農学部、4 東京工業大学科学技術創成研究院、5 東京大学大学院農学生命科学研究科、6 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所ゲノム・進化研究系、7 総合研究大学院大学先端学術院、8 東京慈恵会医科大学解剖学講座

5.本件の詳細

研究グループは、シーラカンス、ハイギョ、アホロートル(ウーパールーパー)、ポリプテルス、ゾウギンザメなどの幅広い脊椎動物のゲノム情報からTAS1R遺伝子をすべて収集し、詳細な進化解析を行いました。その結果、従来知られていた3種類の遺伝子に属さない5つの新規TAS1R遺伝子群を発見し、これらをTAS1R4、TAS1R5、TAS1R6、TAS1R7、TAS1R8と名付けました。また、TAS1R2とTAS1R3はいずれも哺乳類と魚類で共通の遺伝子と考えられてきましたが、今回の解析から、それぞれTAS1R2AとTAS1R2B、およびTAS1R3A、TAS1R3B、TAS1R3Cという5つの別々の遺伝子であることが判明しました。これによって、脊椎動物全体でTAS1R遺伝子グループを11種類とする新たな分類体系を構築しました(図1)。
図1 味覚受容体TAS1R遺伝子の系統樹と新たな分類体系
全てのTAS1R遺伝子群は11グループに分けられる。
 
 
この分類体系と生物の系統樹を比較すると、ほぼ全ての脊椎動物を含む有顎(ゆうがく)類※5の祖先でTAS1R遺伝子が獲得され、少なくとも5種類に増えたことが分かりました。また硬骨脊椎動物の祖先では、9種類のTAS1R遺伝子を持っていたことが明らかになりました(図2)。その後、生物進化の過程でTAS1R遺伝子は徐々に失われ、最終的に哺乳類で3種類、メダカやゼブラフィッシュといった真骨魚類でも3種類が残されたことになります。一方、シーラカンス、ハイギョ、ポリプテルスなどではTAS1R遺伝子があまり失われることなく現在まで保持されており、今回解析した中ではアホロートル(ウーパールーパー)が最も多様なTAS1R遺伝子を保有していました。

図2 脊椎動物の系統関係とTAS1R遺伝子の進化
塗りつぶされた丸印は遺伝子を持ち、白丸は遺伝子が失われたことを表している。
矢印は、その系統上で各遺伝子を喪失したことを示している。
 

さらに、研究グループは、培養細胞を用いてポリプテルスとゾウギンザメが持つT1R受容体の機能を調べました。その結果、ポリプテルスでは、今回新しく発見したT1R8とT1R4が二量体※6として働くこと、また哺乳類やメダカ・ゼブラフィッシュなどのT1Rが受容しなかったバリン、ロイシン、イソロイシンといった分岐鎖アミノ酸を受容することが明らかになり、それらのアミノ酸の味を感知できる可能性が示されました(表1)。興味深いことに、ポリプテルスの味覚受容体は、魚類にとっての必須アミノ酸ばかりを認識していることも分かりました。また、同様にゾウギンザメのT1R6-2とT1R4も、分岐鎖アミノ酸をはじめとする魚類にとっての必須アミノ酸を主に受容していました。さらに、ポリプテルスでは、新たに発見したものも含めてTAS1R遺伝子が口唇などにある味蕾※7で発現していることも明らかになりました。これらの特徴には、有顎類の祖先が持つ味覚受容体の特徴が反映されている可能性があります。
今回の発見によって、TAS1R遺伝子の進化は単純だったという従来の常識が覆され、実際は脊椎動物のTAS1R遺伝子が極めて多様で複雑な進化を遂げてきたことが明らかになりました。最初のTAS1R遺伝子は顎を持つ脊椎動物有顎類の祖先で生じていたことから、脊椎動物の進化史における「顎」の獲得、すなわち咀嚼行動の進化と連動して、味覚の多様化が起こったと考えられます。特に機能解析から明らかになった、必須アミノ酸を主に受容する傾向からは、祖先種において必要な栄養源を選択し摂取するシステムとして、T1R受容体が使われていた可能性が示唆されました。今後はさらに解析対象を拡大し、味覚進化の謎を一つずつ解き明かしていく予定です
 
表1 ポリプテルスとゾウギンザメのT1Rが受容する味物質 

6.研究支援

本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(19H03272、18K14427、20H02941、23H02168)、ロッテ財団「ロッテ重光学術賞」、明治大学科学技術研究所 重点研究(B)等の支援を受けて実施されました。

7.研究代表者のコメント


西原 秀典(にしはら ひでのり)
所属:近畿大学農学部生物機能科学科
職位:准教授
学位:博士(理学)
 
コメント:脊椎動物の味覚は私たちの予想以上に多様で複雑な進化を遂げていることが分かりました。今回の発見はヒト、マウス、ゼブラフィッシュといった、いわゆるモデル生物をいくら調べても見つけられなかったことであり、シーラカンスやハイギョなどメジャーではない生物を調べることが真の生物多様性を知る上で重要であるというメッセージとなりました。今後はさらに多くの生物種の味覚受容体の解析を進め、脊椎動物の味覚進化の全体像を明らかにしたいと考えています。 


戸田 安香(とだ やすか)
所属:明治大学農学部 農芸化学科
職位:特任講師
学位:博士(農学)
 

石丸 喜朗(いしまる よしろう)
所属:明治大学農学部
農芸化学科
職位:教授
学位:博士(農学)
 
コメント:私たち明治大学のグループは、西原先生が発見した新規T1Rレパートリーについて、どのような味物質を受容するのか、また口腔内で実際に発現しているのかを調べる実験を行いました。それぞれの得意分野を生かした共同研究成果を、原著論文として発表できたことを喜ばしく存じます。今後もおいしい味センサーであるT1R受容体の機能解明に取り組みつつ、教育・研究に邁進する所存です。

8.用語解説

  • ※1 旨味・甘味受容体
哺乳類では3種類のT1R受容体タンパク質から構成され、T1R1+T1R3の複合体が旨味受容体、T1R2+T1R3の複合体が甘味受容体として機能する。ヒトでは、昆布ダシなどさまざまな食品に含まれるグルタミン酸によって旨味受容体T1R1+T1R3が活性化され、糖や人工甘味料などの甘味物質によって甘味受容体T1R2+T1R3が活性化される。
  • ※2 TAS1R遺伝子
  • 旨味・甘味受容体を構成する遺伝子。哺乳類ではTAS1R1~TAS1R3遺伝子が発現し、それぞれT1R1~T1R3受容体タンパク質がつくられる。
  • ※3 真骨魚類
  • 多数の魚類を含む巨大な分類群。メダカ、フグ、マグロ、サケ、コイ、ウナギなど一般によく知られる魚類に加え、研究上のモデル生物として利用されるゼブラフィッシュも含まれる。
  • ※4 硬骨脊椎動物
  • 脊椎動物の分類群の一つで、陸上の脊椎動物(四肢動物)と硬骨魚類を含める。サメなどの軟骨魚類は含まれない。
  • ※5 有顎類
  • 硬骨脊椎動物にサメなどの軟骨魚類を含めた分類群の名称で、顎を持つことが特徴。顎口(がっこう)類とも呼ばれる。円口類(ヤツメウナギとヌタウナギ)を除く、ほとんど全ての脊椎動物が含まれる。
  • ※6 二量体
  • タンパク質分子2つがまとまって一つになったものを示す。
  • ※7 味蕾
  • 主に舌などに存在する蕾状の器官。味蕾は数十個の味細胞で構成され、この味細胞に存在する味覚受容体が味を感知する。
お問い合わせ先

本件に関するお問い合わせ先

学校法人近畿大学 奈良キャンパス学生センター 担当:本藤、松本
TEL:0742-43-1639 FAX:0742-43-5161 
E-mail:nou_koho@ml.kindai.ac.jp

明治大学 経営企画部 広報課
TEL:03-3296-4082
MAIL:koho@mics.meiji.ac.jp
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TEL:055-981-5873
E-mail:prkoho@nig.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
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