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プレスリリース

マルチタスクで頭がパンクしそうな時の脳活動を可視化 ~臨床におけるマルチタスクトレーニングの基盤となる新知見~

2024年07月17日
明治大学

 マルチタスクで頭がパンクしそうな時の脳活動を可視化
~臨床におけるマルチタスクトレーニングの基盤となる新知見~

ポイント

  • 認知-運動の二重課題遂行時にみられる能力低下に関わる脳活動ネットワークを発見。
  • 若年成人においても高い認知負荷を伴う認知-運動二重課題では干渉効果が生じることが判明。
  • 二重課題干渉の脳内メカニズムの更なる理解、マルチタスクトレーニングの新たな可能性に期待。

概要

明治大学理工学部の小野弓絵教授は、北海道大学大学院保健科学研究院の澤村大輔教授、同大学院保健科学院博士後期課程の三浦 拓氏の研究グループとの共同研究として、日常生活におけるマルチタスク状態や臨床での認知機能トレーニングにおいて生じる「二つのことを同時に行おうとしてうまくいかなくなる状態」(二重課題干渉: DTi)に着目し、認知機能の維持・向上のエビデンス構築に繋がる神経メカニズムを明らかにしました。

DTiは、同じ脳の領域を使う複数の課題を同時に行ったとき、神経資源の競合によって生じる能力低下のメカニズムと考えられていますが、高齢者向けに作成された課題を若年者が行うと能力低下が生じない場合もあり、詳しい脳活動のメカニズムが解明されていませんでした。本研究は難易度を調節可能なDTiのモデルとして、非利き手にて渦巻きをできるだけきれいに描きながら、音声で聞いた数字を一つ前の数字と足して連続的に答え続けるという運動・認知課題の二重課題を用いました。

右利きの健康な若年成人34名を対象とし、この課題の成績と脳活動を計測したところ、二つの課題を同時に行う場合(二重課題条件)では、認知、運動それぞれの課題を単独で行う場合(単一課題条件)と比較して認知及び運動課題それぞれで成績が低下しました。また、単一課題条件に比べて二重課題条件では右前頭葉の活動が増加し、右前頭から右頭頂皮質への情報伝達(因果的結合性)が増加しました。さらに、この情報伝達が二重課題条件時に強くなった人ほど、単一課題条件に比べて計算課題の成績が低下するという関係性が明らかになりました。

本研究の結果は、これまで高齢者を対象として主に研究されていたDTiが若年健常成人でも起こりうることを示し、私たちが生活の中で遭遇する「様々なことを同時にやろうとして頭がパンクする」状態の仮想環境下での再現に成功したといえます。また、右前頭葉から右前頭頭頂領域への情報伝達がマルチタスク中の過剰な認知負荷であるDTiのバイオマーカーである可能性を示唆します。本研究は、DTiのメカニズムについて因果性結合解析より右前頭頭頂ネットワークの関与を明らかにした世界初の研究です。本研究の知見は、DTiとその根底にある神経メカニズムに関する新たな洞察を提供するものであり、高齢者だけでなく、認知機能低下を伴う比較的若年の精神疾患や脳疾患患者、及び一般人の方の認知機能トレーニングにおいてもこの脳活動指標を活用することが期待されます。

なお本研究成果は、2024年6月29日(土)公開のNeuroImage誌にオンライン掲載されました。

背景

認知と運動課題を同時に行う二重課題では、それぞれの課題を単独で行うことに比較して、課題遂行能力が低下することが知られており、この現象は二重課題干渉(DTi)と呼ばれます。これまでの神経画像研究では、DTiの神経基盤として脳の前頭頭頂領域の活動上昇が確認されてきましたが、それらの皮質間でどのようなネットワークの働きが起きているのかについては不明でした。研究グループは、高負荷の認知・運動二重課題によってDTiを誘発し、DTiの根底にある神経基盤を局所の脳活動及び皮質間の神経ネットワークの変化より明らかにすることを目的として本研究を行いました。

研究手法

対象は右利きの健康な若年成人34名とし、運動課題には利き手での螺旋描画課題、認知課題には数字の連続加算を行うpaced auditory serial addition test(PASAT)を採用しました(図1)。本研究では、従来の歩行や姿勢制御課題ではなく、安全かつ汎用性の高い座位で実施可能な巧緻運動課題である螺旋描画課題を採用した点が特徴的な点として挙げられます。これらの課題は、先行研究において共通した両側の前頭頭頂領域の関与が確認されており、同時に課題を行った際には神経資源の競合が生じるものと推測されました。測定環境は、リハビリテーションへの応用可能性を見据え、より実生活に近い環境下で実施しました。この点も本研究の独創的な点となります。安全性、低拘束性、非侵襲性などの利点を持ち、実生活に近い環境下での脳活動計測が可能な近赤外線分光法(fNIRS)を用い、二重課題遂行時の局所脳活動及び脳ネットワークを確認しました。

研究成果

先述のとおり、二つの課題を同時に行う場合(二重課題条件)では、認知、運動それぞれの課題を単独で行う場合(単一課題条件)と比較して認知及び運動課題の両方の成績低下、いわゆるDTiが生じていることが確認されました。また、二重課題条件では、先行研究の知見と同様に、右前頭葉の活動増加が確認され、さらに本研究では右前頭領域から右頭頂領域への皮質間のネットワークの強さを表す機能的結合性の増加、特に前頭から頭頂へのトップダウン信号の増加が新たに発見されました(図2)。また、二重課題条件と単一課題条件における前頭から頭頂へのトップダウン信号の変化とPASATの成績変化に有意な負の相関が示されました。これらのことから、高齢者において顕著となるDTi及びその神経基盤とされている前頭葉の活動が、高い認知負荷を伴う認知-運動二重課題実施時には若年者でも同様に生じることを示し、年齢別の認知機能水準を考慮した難易度設定の重要性を浮き彫りにするものであると考えられます。また、本研究で発見した二重課題干渉に関連する右前頭から右頭頂皮質へのトップダウン信号の増加は、二重課題遂行時の過剰な認知負荷がかかっていること(マルチタスクで頭がパンクしそうな時の脳活動)を示すバイオマーカーである可能性を示唆します。

今後への期待

本研究の知見は、DTiとその根底にある神経メカニズムとしての脳内ネットワークの重要性を強調するものであり、更なる神経基盤の理解につながるものと考えます。また、個人の認知機能に応じた認知・運動二重課題を用いたトレーニングの提供や認知機能低下を伴う比較的若年の精神疾患や脳疾患患者におけるトレーニングの臨床応用につながることが期待されます。

謝辞

本研究は科学研究費補助金(JP22K1144202)からの支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名

Regional Brain Activity and Neural Network Changes in Cognitive-motor Dual-task Interference: A Functional Near-infrared Spectroscopy Study
(認知運動二重課題干渉における局所脳活動と神経ネットワークの変化:機能的近赤外分光法による研究)

著者名

三浦 拓1,2、小野弓絵3、鈴木達也4、荻原憂治2、今井裕菜2、渡邊陽裕5、時國幸奈5、澤村大輔5
1北海道大学大学院保健科学院、2東苗穂病院リハビリテーション部、3明治大学理工学部電気電子生命学科、4明治大学大学院理工学研究科電気工学専攻、5北海道大学大学院保健科学研究院)

雑誌名

NeuroImage(神経画像学、神経科学の専門誌)

DOI

公表日

2024年6月29日(土)(オンライン公開)

参考図

図1. 研究の実施環境及び課題(描画課題とPASAT)の概略図
図2. 二重課題に特異的な右前頭葉の脳活動と右前頭頭頂領域におけるネットワークの結合性増加。

用語説明

    DT
二つの課題を同時に行うこと。Dual taskの略。

    DTi
二つの課題を同時に行おうとしてうまくいかなくなる状態。Dual task interferenceの略。
二つの課題を同時に行った場合の課題成績がそれぞれの課題を単独で行った場合の課題成績よりどのくらい低下するかでDTiの程度を確認することが多い。
お問い合わせ先

お問い合わせ先

北海道大学大学院保健科学研究院 教授 澤村大輔(さわむらだいすけ)
TEL:011-706-3387
FAX:011-706-3387
MAIL:D.sawamura@pop.med.hokudai.ac.jp
URL:https://www.hs.hokudai.ac.jp/faculty-members/daisuke-sawamura

配信元

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