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プレスリリース

複雑な遺伝子改変・導入手続きをワンステップで ~CRISPR/Cas9システムを使用した、効率的なゲノム編集法を開発~

2019年06月04日
明治大学

           

東京理科大学
明治大学
東京農工大学

研究の要旨とポイント                     

 イネの病原菌であるイネいもち病菌をモデルに、CRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集を効率的に行う技術を開発しました。
 遺伝子操作をより自由に、高効率で行えるため、イネいもち病菌の研究の進展や、糸状菌(かび)を利用した食物、発酵物、生物工場などへの応用も期待されています。
 CRISPR/Cas9は、遺伝子研究の分野では今や誰もが知る、代表的なゲノム編集ツールです。東京理科大学理工学部応用生物学科の荒添貴之助教、明治大学農学部生命科学科の桑田茂教授らの研究グループは、イネの病原菌であるイネいもち病菌(Pyricularia (Magnaporthe) oryzae)に対してCRISPR/Cas9技術を適用し、編集の標的となる遺伝子配列をより自由に改変することや、目的とする遺伝子を高効率に導入することを目的とした新たなゲノム編集手法を開発しました。ゲノム編集とは、ターゲットの遺伝子配列を破壊、置換、もしくは目的遺伝子を新たに導入することをいい、医学・生物学・農学などの研究や、農作物の品種改良などの分野で幅広く使われるようになりました。

【研究の背景】

 CRISPR/Cas9とは、標的とするDNAの遺伝子配列を、狙った場所で切断できる技術です。DNAは、A・G・C・T(アデニン・グアニン・シトシン・チミン)の4種類の塩基からなる二本鎖構造を持ち、塩基の並ぶ順番と組み合わせにより、生物ごとに異なる遺伝情報をコードしています。人類を含む真核生物では、DNAは細胞の核に存在しています。DNAに記載された遺伝情報は、核の内側でRNAに転写され、RNAが核の外に出ることにより、細胞内のリボソームまで運ばれます。リボソームでは運ばれてきた遺伝情報に基づいて、生命活動に必要なタンパク質が作られています。
 DNAの情報を何らかの方法で書き換えてしまえば、タンパク質を作れなくしたり、全く別のタンパク質を作らせたりして、生物の特徴を変えることができます。

 CRISPR/Cas9システムでは、編集したいDNAの配列に合わせて人工的に設計したRNAと、DNAを切ることのできる酵素をセットで使用します。RNAが標的となる配列を識別して結合し、酵素が二本鎖の切断(Double-stranded break, DSB)をおこないます。
 DNA中にはよく似た塩基配列も多数ありますが、RNAが標的塩基配列に正しく結合できるかどうかは、標的塩基配列の下流につづく、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)と呼ばれる特定の配列パターンの存在に依存しています。PAM配列があることで、RNAは標的の塩基配列とよく似た配列を避け、標的の配列だけに結合できるようになります。

 CRISPR/Cas9を含めた多くのゲノム編集法では、DSBと、DSBが誘発する細胞の遺伝子修復メカニズムを利用しています。修復メカニズムの一つ、相同組換え反応(Homologous recombination, HR)では、切断部分と全く同じかよく似た塩基配列を鋳型として修復が行われます。
 壊れたところをそれと全く同じかよく似たもので補う、と考えれば起きていることはシンプルですが、実際の機序は複雑で、修復の効率は生物種や、ゲノムの構造によって異なります。また、HR自体のプロセスにも『非交差(遺伝子変換)』型と『交差』型の二種類があります。非交差型は塩基配列をコピーすることによって、交差型では鋳型配列をコピーしたうえでDNA配列を入れ替えることによって修復が行われます。そのため、交差型のHRは、減数分裂を行う細胞、すなわち生殖細胞でよく起きることが知られています。
 しかし、体細胞分裂中にどのような修復反応が起きているのかを観察した研究は少なく、イネいもち病菌のような糸状菌(かび)では、情報はほぼ皆無でした。

【研究の詳細】

 研究グループは今回、イネいもち病菌の交差型相同組換え反応のプロセスを明らかにするため、HRを検出するためのマーカー遺伝子デリバリーシステム(ベクター)を作製しました。この遺伝子デリバリーシステムにより、イネいもち病菌の交差型HRが想定していたよりも高い頻度で生じていることを明らかにしました。次に、交差型HRによる修復メカニズムを応用することで目的の遺伝子の「配列置換」が可能かどうかを確認するため、交差型のHRに最適化した「変異型」のベクターを作製しました。この変異型ベクターは、イネいもち病菌のDNAの塩基配列から、メラニン(黒色色素)形成に関与するタンパク質であるシタロンデヒドラーゼ(SDH)をコードする配列を選んで破壊するためのものです。さらにこの変異型ベクターを、抗生物質ハイグロマイシンBに対する耐性を付与する酵素ハイグロマイシンBホスホトランスフェラーゼ(hph)の遺伝子を含むベクターに導入しました。
 研究グループは、単一交差型HRにより、ベクター全体がhphと共に標的部位に挿入されると推定しました。この操作による変異体は、ハイグロマイシンBへの耐性を持ち、メラニンを欠損するように設計されているため、ハイグロマイシンBを含む培地上で白色のコロニーとして同定されると期待されました。
 以上の実験の結果、CRISPR/Cas9ベクターの導入によって、ハイグロマイシンBに耐性を持つ白色のコロニーの数が劇的に増加することが確認されました。このことは、CRISPR/Cas9システムが、単一の交差型HRの誘導に有効であるということを意味します。今回の手法の利点は、修復用の鋳型として準備する相同塩基配列が一つで済み、これまで困難であった自由な塩基配列の改変が可能なことです。また、およそ100塩基対程度の短い相同塩基配列でも可能です。
 グループは更に、同様の手法を用いて、CRISPR/Cas9ベクターを用いた単一交差型のHRにより、新規の遺伝子配列を標的部分に導入(ノックイン)することが可能かどうかの確認を行いました。確認に使用したのは、緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子で、GFP遺伝子はゲノムに挿入されたとき、ゲノムを保有する宿主の細胞が緑色に輝くことから、挿入の成否を表す「レポーター」遺伝子として広く利用されています。SDH遺伝子の直下にGFPの導入を試みたところ、ハイグロマイシンB培地上に緑色蛍光を示すコロニーが発生し、開発した手法が効率的な「ワンステップ」での遺伝子ノックインに有効であることが確認できました。

 今回の研究では、糸状菌を含む真菌のCRISPR/Cas9によるゲノム編集では、必ずしもPAM配列によって制約されない可能性も示唆されています。今回の成果について、研究チームは「糸状菌は固有のゲノム特性を持ち、生殖細胞だけでなく体細胞でも、標的DNAの切断により、交差型のHRが頻繁に誘導されるとわかりました。これらの特性を利用して、標的DNAの改変と、レポーター遺伝子のノックインを行いました。また、DSBからノックインまでの操作をワンステップで行えるようになったことで、ノックインの高効率化にも成功しました。CRISPR/Cas9システムでは、PAM配列が不在の場合に正確な二本鎖切断導入が困難になるという課題がありましたが、本手法を用いることで、これまでの糸状菌研究では難しかったより自由度の高いゲノム編集をPAM配列に依存せずに行うことができるようになります」と評価しています。

【今後の展望】

 今回の成果の応用について、荒添助教は、「イネいもち病菌は、日本人の主食であるイネに感染して深刻な病気を起こす病原菌です。本研究では、CRISPR/Cas9システムによる、イネいもち病菌の新たなゲノム編集技術を開発しました。この技術により、イネいもち病菌に対する分子生物学的な研究を加速することが可能となり、将来的には、安定した食料供給や、植物を材料とした食品の安全性にも貢献します。また、この技術は、食品、発酵、生物工場などの領域で広く活用されている、他の糸状菌の遺伝子操作にも応用することができます」と話しています。

【論文情報】

雑誌名:Scientific Reports 2019年5月15日 オンライン掲載
論文タイトル:Single crossover-mediated targeted nucleotide substitution and knock-in strategies with CRISPR/Cas9 system in the rice blast fungus
DOI
https://doi.org/10.1038/s41598-019-43913-0

【発表者】

・ Takayuki Arazoe, Department of Applied Biological Science, Tokyo University of Science, Tokyo
・ Misa Kuroki, Department of Applied Biological Science, Tokyo University of Science, Tokyo
・ Akihito Nozaka, Department of Applied Biological Science, Tokyo University of Science, Tokyo
・ Takashi Kamakura, Faculty of Agriculture, Tokyo University of Science, Tokyo
・ Ai Handa, Graduate School of Agriculture, Meiji University, Kanagawa
・ Tohru Yamato, Graduate School of Agriculture, Meiji University, Kanagawa
・ Shuichi Ohsato, Graduate School of Agriculture, Meiji University, Kanagawa
・ Shigeru Kuwata, Graduate School of Agriculture, Meiji University, Kanagawa
・ Tsutomu Arie, Faculty of Agriculture, Tokyo University of Agriculture and Technology, Tokyo
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