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プレスリリース

〜モデルラン藻のバイオプラスチック量を増やす遺伝子を発見〜 明治大学農学部環境バイオテクノロジー研究室が 転写因子を利用してラン藻の炭素の流れを改変しました

2019年06月06日
明治大学

〜モデルラン藻のバイオプラスチック量を増やす遺伝子を発見〜
明治大学農学部環境バイオテクノロジー研究室が
転写因子を利用してラン藻の炭素の流れを改変しました


 石油資源の枯渇や二酸化炭素排出が懸念されている現代社会では、バイオによる新しい環境技術の創出が求められています。
明治大学農学部環境バイオテクノロジー研究室の小山内崇(准教授)、有坂聡美(元博士前期課程2年)、山形大学農学部及川彰(准教授)らの研究グループは、二酸化炭素を有用物質に変換できるラン藻において、生分解性ポリエステルであるポリヒドロキシ酪酸(PHB)の量を増加させる遺伝子を発見しました。

○今回発見した ntcAという遺伝子は、転写因子というタンパク質をコードし、モデルラン藻であるシネコシスティス( Synechocystis sp. PCC 6803)において、窒素のシグナル伝達を担うことが知られていた。
○シネコシスティスの細胞内で、NtcAのタンパク質量を増やしたNtcA過剰発現株を作製し、解析したところ、PHB量が野生株の2〜3倍に増加することが分かった。
○メタボローム解析によってNtcA過剰発現株を解析したところ、クエン酸回路の代謝産物量が変化するなど、糖代謝下流が変化することが分かった。
○NtcA過剰発現株では光合成や呼吸の活性が変化し、炭素の流れと電子伝達の活性が同時に変化することが明らかになった。

要旨

 ラン藻は、光合成をするバクテリアです。光合成をすることで光エネルギーを利用して二酸化炭素を取り込むことができます。ラン藻の光合成や代謝を研究することで、光合成生物の理解が進むだけでなく、二酸化炭素を利用したバイオテクノロジーの発展が期待できます。シネコシスティス注1)というラン藻は、増殖が速く、遺伝子改変が可能なことから、基礎研究と応用研究の両方に使われています。
 光合成で取り込まれた二酸化酸素は細胞内で様々な物質に変換されますが、シネコシスティスは窒素が欠乏するとポリヒドロキシ酪酸(PHB)という物質を細胞内に蓄積することが知られています。PHBは、生分解性のポリエステルであり、硬質系のプラスチックであることが知られています。
 今回研究グループは、シネコシスティスのPHB量を増加させる新しい遺伝子を発見しました。この遺伝子は ntcAといい、転写因子というタンパク質をコードしています。このNtcAタンパク質を細胞内で増やしたところ、PHB量が2〜3倍に増加することが明らかになりました。
 また、この遺伝子改変では、TCA回路(クエン酸回路)や光合成、呼吸の活性も変化することがわかりました。すなわち、今回の遺伝子改変では、PHBの量が増加するだけでなく、電子の流れも変化することもわかり、新しい形で炭素の流れを変化させることが明らかになりました。
 この研究は、明治大学大学院農学研究科 有坂聡美(元博士前期課程2年)、農学部 寺原和(元学部4年)、小山内崇(准教授)、山形大学農学部及川彰(准教授)らによって行われました。この研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCA(代表小山内崇)およびJSPS科研費新学術領域研究「新光合成」(領域代表基礎生物学研究所皆川純教授、計画班代表大阪大学清水浩教授)の援助により行われました。本研究成果は、2019年6月5日発行の「 Algal Research」に掲載されました。

※研究グループ

明治大学 農学部農芸化学科 
 環境バイオテクノロジー研究室
  准教授 小山内 崇(おさない たかし)
  元博士前期課程2年生 有坂 聡美(ありさか さとみ)
  元学部4年生 寺原 和(てらはら のどか)
山形大学 農学部 
 農産物生理化学分野
  准教授 及川 彰(おいかわ あきら)

1.背景

 石油の枯渇が心配される現代社会では、新しい形での原料生産法を創出しておく必要があります。プラスチックは石油から作られますが、生物を利用して作ることもできます。ポリヒドロキシ酪酸(PHB)は、微生物が細胞内に蓄積するバイオプラスチック原料です。PHBは生分解性を有する硬質系のポリエステルです。
 ラン藻は、酸素発生型の光合成を行うバクテリアです。一口にラン藻といっても非常に多様で、食品となっているスピルリナから、湖川で大量発生し、ミクロシスチンという毒素を生産するミクロシスティスなどいろいろな種がいます。その中で、最も広く研究されているのがシネコシスティス( Synechocystis sp. PCC 6803)という淡水性の球菌です。シネコシスティスは、ミクロシスチンを作らない、増殖が速い、遺伝子組換えが可能、細胞の凍結保存が可能といった様々な利点があります。このシネコシスティスを用いて、世界中の研究者が光合成生物のモデルとして基礎研究を行っています。また、光合成によって二酸化炭素を固定することができるため、ラン藻を用いた有用物質の生産の研究にも用いられています。
 シネコシスティスは、様々な代謝産物を作り出しますが、窒素欠乏時に上記のPHBを蓄積することが知られています。PHBは、アセチルCoAという物質から3段階の反応で合成されます。アセチルCoAとは、糖が分解される解糖系で最後にできる物質です。また、アセチルCoAからはクエン酸ができ、クエン酸はTCA回路(クエン酸回路、クレブス回路)で代謝され、呼吸などの電子伝達を経てエネルギー物質の酸性に利用されます。このことから、PHBは糖代謝やTCA回路と密接な関係があります。
 これまで研究グループは、PHB量を増加させる遺伝子を発見してきました。過去の研究では、PHBを作る酵素の遺伝子そのものではなく、遺伝子の転写を制御する遺伝子の改変でPHB量を増加させることに成功していました(過去のプレスリリース https://www.jst.go.jp/pr/announce/20130716-2/index.html)。このことから、転写を制御する因子に注目し、研究を進めています。
 今回注目した因子は、NtcA(エヌティーシーエー)というタンパク質です。このタンパク質は、細胞内外の窒素栄養状態を感知し、シグナルを伝達する役割を担います。NtcAは転写因子と呼ばれるグループに属し、遺伝子の発現を幅広く制御することが知られています。PHBは窒素欠乏時に蓄積することから、NtcAを改変することで、PHB量が変化する可能性があったため、今回、NtcAの遺伝子改変株を作製し、PHB量への寄与を調べました。

2.研究手法と成果

 研究グループは、シネコシスティスの細胞内でNtcAタンパク質の量を増やしたNtcA過剰発現株を作製しました。このNtcA過剰発現株のPHB蓄積量を調べるために、野生株(遺伝子改変を行っていない株)とNtcA過剰発現株を長期の窒素欠乏条件(窒素欠乏後4〜13日間)で培養し、変化を調べました。
 長期窒素欠乏時における細胞の乾燥重量(Dry cell weight)は野生株とNtcA過剰発現株では差がありませんでした。一方、細胞内に蓄積したPHBを精製して量を調べたところ、調べた4つの条件全てで、NtcA過剰発現株では、野生株の2〜3倍のPHB量であることが分かりました(図1)。最もPHBが蓄積した条件は、窒素欠乏後7日目で、この条件では、NtcA過剰発現株の細胞乾燥重量の約5%がPHBでした(図1)。
 NtcA過剰発現によって、なぜPHBが増加したかを調べるために、研究グループは、まずPHBを合成する酵素の量を調べました。しかし、PHBを合成する酵素の量は野生株と比べて有意に増加しておらず、酵素量とは別の原因でPHBが増加した可能性が考えられました。
 様々な解析を行ったところ、NtcA過剰発現では、窒素欠乏後に光合成と呼吸の活性が両方とも減少していることが分かりました(図2)。光合成と呼吸は、ともに電子を伝達し、最終的にATPというエネルギーを合成する物理化学反応です。呼吸によるATP合成は酸化的リン酸化と呼ばれ、多くのATPを合成します。この経路でのATP合成が足りなくなると、糖をたくさん分解して、ATP合成を補うことが、バクテリアや哺乳類細胞で知られています。このことから、特に呼吸の活性が減ったことにより、糖の分解が促進され、PHBの合成促進につながった可能性があります。
 NtcA過剰発現株で起こった代謝変化の全体像を調べるために、研究グループはメタボローム解析を行いました。メタボローム解析とは、細胞内の代謝産物量を一斉に解析するものです。代謝産物は化学的性質が多様であるため、メタボローム解析は、他の分析と比べて高度な技術を要します。
 研究グループは、キャピラリー電気泳動マススペクトロメトリー(CE-MS)という手法を用いて、代謝産物を分析しました。この方法では、キャピラリーという非常に細く長いカラムの中で代謝産物を分離し、分離した代謝産物を1つ1つ同定して定量していく手法です。この手法を用いて炭素の化合物を調べたところ、ホスホエノールピルビン酸、イソクエン酸、2−オキソグルタル酸という物質が、NtcA過剰発現株で減少していることが分かりました(図3)。これらの代謝産物の減少は、NtcA過剰発現株の中で炭素の流れが変化したことを示唆します。糖が分解されると通常は、ホスホエノールピルビン酸→ピルビン酸→アセチルCoAと変化していき、アセチルCoAはTCA回路に入ります。しかし、NtcA過剰発現株では、TCA回路に入る炭素の流れが減少し、アセチルCoAからPHBに炭素が流れていることが考えられました。これらの炭素の流れを引き起こす直接的な原因は不明ですが、新しい形で炭素の流れを変え、バイオプラスチック原料であるPHB量を増加させることに成功しました。

3.今後の期待

 本研究グル-プはこれまでに2つの転写を制御する遺伝子がPHB量を増加させることを示しており、今回の発見で3つ目の例となります。このことは、DNAからRNAを合成する転写というプロセスが、バイオプラスチック原料の増加に有効であることを示す結果となります。また、光合成や呼吸と代謝やバイオプラスチック原料の蓄積に関係があるという新しい知見を見出しました。呼吸と代謝の関係性は、バクテリア、酵母、哺乳類細胞でも重要であり、特に癌細胞で広く研究されています。ラン藻というシンプルな生物を使うことで、光合成のみならず、炭素の代謝や有用物質生産の基礎的な理解が進むことが期待されます。

4.論文情報

<タイトル>
Increased polyhydroxybutyrate levels by ntcA overexpression in Synechocystis sp. PCC 6803
(日本語タイトル NtcA過剰発現によるシネコシスティスのポリヒドロキシ酪酸の増産)

<著者名>
Satomi Arisaka, Nodoka Terahara, Akira Oikawa, Takashi Osanai

<雑誌>
Algal Research
<DOI>
doi: 10.1016/j.algal.2019.101565

5.補足説明 

注1)シネコシスティス
世界的に研究されている単細胞性のラン藻で淡水性である。微細藻類の中で増殖が速く、海水でも培養が可能である。全生物の中で、3番目に全ゲノムが決定され、遺伝子改変が可能なことや、凍結保存が可能といった研究上の利点がある。

図1. 窒素欠乏時のポリヒドロキシ酪酸(PHB)量

細胞内から精製されたPHBの量の平均と標準偏差。PHB量は、細胞の乾燥重量(g)あたりのPHB(mg)で表されている。*, ** は野生株とNtcA過剰発現株に有意差があることを意味する。

図2. 窒素欠乏時の光合成活性(左)と呼吸活性(右)

光合成と呼吸活性は、酸素電極という機器を用いて、酸素の発生量(光合成活性)と酸素の吸収量(呼吸活性)から算出している。両活性は、光合成色素であるクロロフィル量(mg)と時間(h)あたりの酸素の変化量で表される。*, ** は野生株とNtcA過剰発現株に有意差があることを意味する。


図3. NtcA過剰発現による代謝変化のモデル図

NtcA過剰発現株では、ホスホエノールピルビン酸からPHBに流れる炭素が増加し、一方、TCA回路に流れる炭素が減少していると予想される。代謝産物は、メタボローム解析によって定量化され、野生株を100とした相対値で表されている。

お問い合わせ先

<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい

明治大学
農学部農芸化学科 
環境バイオテクノロジー研究室
准教授  小山内 崇(おさない たかし)
TEL:044-934-7103 FAX:044-934-7103

<機関窓口>

明治大学 経営企画部 広報課
〒101-8301
東京都千代田区神田駿河台1-1
TEL:03-3296-4082 FAX:03-3296-4087
E-mail: koho@mics.meiji.ac.jp