要旨
大腸菌は、ヒト腸内の常在菌です。大腸菌は宿主動物を離れても、多様な自然環境で生存していることが知られていますが、その仕組みはよく分かっていません。明治大学農学部 島田友裕専任講師、安西拓実(博士前期課程1年)は、法政大学生命科学部 石浜明特任教授、山本兼由教授、横山由衣(元石浜教授指導学部学生)らと協力して、大腸菌による植物由来の化合物の効率的利用や植物への付着により自然界で生存するための遺伝子群の発現を制御する大腸菌転写制御因子を発見し、その機能を明らかにしました。
研究成果は、英国の国際誌「Scientific Reports」(電子版)2019年12月31日付に掲載されました。
研究成果のポイント
● 大腸菌の機能未知転写因子YiaJが、アスコルビン酸およびガラクツロン酸に応答することを同定した
● YiaJがフルクトースやソルビトール、フルクトースリシン、アスコルビン酸、ガラクツロン酸などの植物由来の化合物を代謝するための遺伝子群をグローバルに制御することを同定した
● YiaJが大腸菌が植物などの固体表面に付着集合し、集団として過酷自然環境での生存に関わると推定される遺伝子群の制御にも関わっていることを予測した
● これらの結果から、機能未知転写因子YiaJを、植物を利用するための転写因子(regulator of plant utilization)としてPlaRと命名することを提案した
● この研究成果は、微生物が、植物由来の化合物を利用し、植物に依存して自然界で生存するための仕組みの理解・応用に役立つ
1.研究の背景
植物は自然界に存在する主要な有機物であり、それを利用するための酵素や遺伝子、また、それを制御するしくみの理解が進んでいます。しかしながらこれまでの知見のほとんどは、”植物由来の個々の化合物を利用するための個別のしくみ”についてであり、”自然界のような植物そのものとの相互作用や、複数の植物由来の化合物が同時に存在する複雑系においてのしくみ”はよく分かっていませんでした。
2.研究内容と成果
本研究グループは大腸菌をモデル生物として、1つの生物の遺伝子制御の全体像の理解を目指しています。その一環で、機能未知転写因子YiaJについて、Genomic SELEX法を用いてゲノム上の結合領域を決定したところ、アスコルビン酸やガラクツロン酸、フルクトース、ソルビトール、フルクトースリシンなどの様々な植物由来の化合物を代謝するための遺伝子群を制御標的としていることが同定されました(図1)。さらにこれら化合物への応答能を検証したところ、YiaJはアスコルビン酸およびガラクツロン酸の存在下では不活性型となることが分かりました。また、YiaJは大腸菌が植物などの固体表面に付着集合(バイオフィルム形成)するための遺伝子群の制御にも関わっていることが分かりました。実際に遺伝子発現への影響を検証したところ、YiaJはアスコルビン酸およびガラクツロン酸の非存在下で、これらの遺伝子群の発現を抑制化していることが分かりました。すなわち、YiaJは植物に含まれるアスコルビン酸(ビタミンC)やガラクツロン酸(植物の細胞壁や中葉に含まれるペクチンの主成分となる糖)に応答して、植物由来の様々な化合物を代謝するための遺伝子群や植物への付着に関わる遺伝子群をグローバルに制御することで、大腸菌の植物利用を効率化していることが示唆されました(図2)。本研究で明らかとなった機能から、YiaJを植物を利用するための転写因子(regulator of plant utilization)としてPlaRと命名することを提案しました。
3.今後の期待
本研究グループは1つの生物の遺伝子発現制御機構の全体像を理解する目的で、大腸菌をモデル生物としてこれまでに数々の機能未知転写因子の機能同定に成功してきました。近年では特に、本研究で機能が明らかとなったPlaR以外にも、キシロン酸(植物細胞の細胞壁に存在するヘミセルロースの主成分)に応答してキシロン酸代謝を制御するXynR (regulator of xylonate catabolism)や、スルホキノボシルジアシルグリセロール(植物や光合成生物の膜に含まれる含硫黄脂質)に応答してスルホキノボース代謝を制御するCsqR (regulator of catabolism of sulfoquinovose)といった、植物由来化合物の代謝を制御するための遺伝子発現制御機構を明らかとしてきました(図3)。このような化合物は自然界では豊富に存在するものの、通常の実験室の培養では使用されておらず、それらを利用するための仕組みは長年に亘って不明でした。しかし、これらのバイオマスとなる化合物の利用は、これからの社会における未利用資源の有効活用として重要な研究課題となります。これらの研究成果は、自然界における植物に対する微生物の生存戦略を理解すると共に、自然界における炭素循環の理解や微生物による効率的なバイオマスの活用にも役立つことが期待されます。
4.発表論文
タイトル
Regulatory role of PlaR (YiaJ) for plant utilization in Escherichia coli K-12.
著者名
Tomohiro Shimada, Yui Yokoyama, Takumi Anzai, Kaneyoshi Yamamoto, Akira Ishihama
雑誌名
Scientific Reports
DOI
https://doi.org/10.1038/s41598-019-56886-x
5.研究グループ
明治大学 農学部農芸化学科
応用生化学研究室
専任講師 島田 友裕(しまだ ともひろ)
博士前期課程1年生 安西 拓実(あんざい たくみ)
法政大学 生命科学部生命機能学科
特任教授 石浜 明(いしはま あきら)
教授 山本 兼由(やまもと かねよし)
元学部学生 横山 由衣(よこやま ゆい)
5.参考図