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2016年度秋季卒業式(2016年9月19日)

2016年度9月卒業式での学長告辞(駿河台キャンパス・リバティホールにて)


卒業おめでとうございます。9月に卒業する君たちには、きっと3月に卒業した人たちよりも、はるかにたくさんの物語があるに違いない。それは決して悪いことではない。私自身、実は一年間留年して卒業しました。大学が全共闘時代を迎えるころで、学園闘争によって大学は閉じられているときもありました。当時の多少問題意識を持つ者であれば、ほとんどが大学闘争に参加してバリケードを作り、大学に立てこもりました。私もその一人でした。そして私は留年しました。その留年した一年の間に、ただひたすら本を読み、英語を読みました。留年の一年間がなければ、私は学問の道に進むことはなかったでしょう。

それと同じように、君たちには物語があるに違いない。海外留学した人もいるでしょう。アルバイトした人もいるでしょう。勉強した人もいるはずです。他の人にはない時間を、自分の物語を作るために君たちは持つことができたのです。それは必ず君たちを強くしてくれたはずです。

私はいつもこんなふうに考えていました。人生は直線ではない。まっすぐ登る道もあるが、ぐるっと迂回し、横道に入りながら、山の頂を目指すこともできる。同じ目標に向かうのであれば、知らない道を、迂回する道を歩いた方が人生はずっと豊かで、語ることが出来る物語を持つことができます。

なによりもそれは、自分自身を見据える時間です。人間にはひとつではない、たくさんの生き方があることを知る時間です。そして、自分と同じように、様々な生き方をする他者を理解する時間です。

君たち自身が違う生き方をしたように、違う生き方をする人間を理解する時間がそこにはあります。そして、じっと考えてみれば、この世界は、人生は、無数に異なる生き方や価値観を持つ者の集合体なのです。見た目の違いを越えて人々が理解し合うことがなければ、ただ無意味な対立と憎しみだけしか残らない。
サン=テグジュペリの「星の王子さま」の中で、きつねが王子様に言う言葉があります。

「さようなら。さようならを言う今、ぼくの秘密を言うよ。すごくかんたんなことだ。心で見なければ、よく見えないっていうこと。大切なことって、目には見えない。」

私は、目に見えないものを、心は見ることができるのかと、思ったこともあります。確かに、目に見えるものがすべてではない。目に見えることを越えて理解しなければならないことはたくさんあります。例えば、これから大学を出て社会に入ると、学生のときとは違って、怒りや憎しみや嫌悪をあからさまに受けるときがあるでしょう。社会には利害というものがあるからです。どうしてこいつは私に嫌悪を向けるのかが、分からないことがあります。しかし、心でみれば、その理由が分かります。相手の嫌悪のなかに入り込んでみれば、なにが原因だったのかがわかる。それがわかれば、嫌悪を理解し、許すこともできます。相手を許すことができれば、相手の嫌悪もいつか消えるものです。

君たち自身に対しても、心の眼が必要です。自分自身を見ることはできない。目は目をみることができない。自分の背中は見ることが出来ない。自分を見ることが一番困難なのです。

日本の伝統芸術である能楽を作った世阿弥という人がこう言っています。

「眼、まなこを見ぬところを覚えて、左右前後を案見せよ」

目は、目をみることはできないのだから、周囲のうちに身を置いて、自分の背中がどう見えているのかをよくよく考えよ、というのです。わたしもそう思う。自分の背中にいつのまにか、卑しさがあらわれていないかをいつも考えます。

卒業するということは、さらに自分自身を心で見る練習の日々に入ることです。君たちがすでに君たちだけの物語を持っていることは、大きな利益です。物語の中の自分を見ることができるからです。そこでは、自分を心で見ることができる。

明治大学を君たちは卒業する。君たちがこれからも、毅然として、まっすぐに背中を伸ばして生きて行くためにも、明治大学の建学のスピリッツである、「権利・自由」「独立・自治」という言葉をいつも思い起こしてほしい。自分であれ、他者であれ、その「権利・自由」を認め、自らまっすぐに生きるという精神です。

君たちの大学の日々にさようならを言おう。そして、これからの日々に幸福を願おう。今までもそうであったように、これからはもっと多くの物語が君たちを待っている。人生はけっこう良いものだ。この世界の可能性と豊かさを胸いっぱいに抱いて、生きてほしい。そして、打ちのめされるときがあったら、この大学の教室に一人座ってみてもいいかもしれない。明治大学はいつも君たちの場所です。出て行く場所であり、帰ってくる場所でもある。

卒業おめでとう。君たちの人生に幸あれ。

2016年9月19日
学長 土屋恵一郎