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2016年度 入学式 学長告辞 「大樹に登れ」

2016年度 入学式 学長告辞 「大樹に登れ」



新入生の皆さん。そして、ここにお集りのご家族の皆さん。明治大学への入学おめでとうございます。明治大学の全ての教員、アカデミー・スタッフを代表して、皆さんを歓迎します。

今日は雨が降っています。もう40年ほど前に植草甚一さんという作家が「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」という長いタイトルの本を出してベストセラーになりました。いつも神保町や明治大学周辺を歩いていたのでよく見かけました。神保町に今でもありますが、田村書店という外国語の本の古本屋があって、そこが植草さんの立ち寄る本屋でした。大学周辺には面白い古本屋さんがあります。それぞれのキャンパスの周辺で発見してください。もう昔から、「晴耕雨読」と言って、晴れたら表に出て畑を耕し、雨が降ったら周囲も静かなので本を読むと言いました。今日は雨です。心も静かです。君たちの勉学への出発の日としては最適です。

明治大学は今年で創立以来135年を迎えました。幕末から明治の激動の時代を生きた3人の若者たちによって創立されました。「権利・自由、独立・自治」という学校創立の精神を掲げて私立学校を創ったのです。この建学の精神は今こそ大事なものです。経済の利益や効用を中心にするグローバル社会において、「権利・自由、独立・自治」の建学の精神は、もう一つの価値観と生き方があることを示唆しています。

十八世紀イギリスの哲学者デイヴィッド・ヒュームは、「都市とは、キャンプである」と定義しています。ヒュームの言う「キャンプ」とは、言い換えれば「かりそめのコミュ二ティー」とも呼ぶべきものです。故郷を離れ、周辺の地域から集まった多様な人々が、暫定的にともに生活を営む空間、それが都市であると言うのです。つまり自由のキャンプです。

都市のダイナミズムをキャンプに例えたヒュームの思いは、現代の大学にも通じるものです。「大学」を英語ではキャンパスと言いますが、「キャンパス」と「キャンプ」は英語では同じ意味です。大学にも、様々な地域や国からバックグランドが異なる学生たちが集まります。きみたちの隣にいる人は、同じ地域、国から来た人ではない。その君たちが同じ時間と空間を暫定的に共有しながら、相互の権利と自由を認め、独立した人格を認める。互いに異なる言語と文化を学びあい、経験と情報を交換する。そこに多様性に富んだコミュ二ティーが形成されます。その自由のフィールドで、一人一人の「個性」を確立していこうとする場所こそ、大学というキャンプなのです。

現在、多くの大学や企業が「グローバル人材の育成」を標榜しています。明治大学もそうです。このグローバル人材というと、往々にして、「英語でコミュ二ケーションできる」「英語でビジネスできる」という側面ばかりが強調されます。しかしそれだけでは十分ではありません。異なる場所からやってきた人々の価値観、文化、哲学、宗教を学び、互いに認め合うという、「キャンプにおけるモラリティー」、言い換えれば「誠実さ」が必要です。それが真のグローバル人材です。大学がリベラル・アーツ教育を重視するのはそのためです。「リベラル」とは自由にするという意味ですが、古代ローマ以来、その自由とは、生まれた場所の習慣や言語から自由になって、世界市民コスモポリタンになることを意味していました。大学で体育を学び、スポーツに優れた者を推薦入学で受け入れるのもこの自由のためです。日常の惰性になった身体から自由になって、自分の身体のもう一つの可能性を見つめるのが体育です。ギリシャの哲学者が体操場で哲学を語り合ったのはそのためです。そこに見つめられている世界市民の姿は、今言われている「グローバル人材」よりはるかに深い意味があります。

この多様性に富んだキャンプのモラリティーの場所として明治大学はあります。このモラリティーを知るための教育によって、明治大学は君たちを強く支えます。
つまり、大学は君たち自身の中にある可能性に気づく場所です。明治大学のなかで、そして、世界各地に存在する明治大学が提携する海外大学のキャンパス、キャンプの中で、経験を培い、きらきらとした個性になってください。世界は間違いなく君たち個々人よりも豊かな場所です。この世界の多様性を学び、まるでサーフィンする人のように、多様性の海をわたっていってほしい。

その学びへの励ましの言葉を贈りたいと思っています。その言葉は、私自身の言葉ではなく、或る仏教のお坊さんから聞いた言葉です。そのお坊さんは京都の禅宗のお寺である相国寺の管長で、金閣寺、銀閣寺の住職でもある、京都の仏教会のトップ、有馬頼底さんです。有馬さんは大名の家に生まれながら、幼少のころに母と生き別れになって禅の修行に入った人で今は83歳です。皆さんのお父様はよく知っている、競馬の有馬記念に名を遺した人の子孫です。有馬さんは幼くして親と別れ、親戚のおじさんの家に預けられます。

或る時、庭の小さな木にぶら下がったりして遊んでいると、そこにおじさんがやってきて、「こっちへ来なさい」と言われて、杉の大木、大樹の下へ連れていかれます。「この木に登れ」とおじさんは言いました。有馬さんは一生懸命に5メートルほど登ったのですが、まだ子供ですから、怖くなって止まってしまいました。するとおじさんは下から声をかけて、こう言ったのです。「登るなら、大樹に登れ」。それだけ言うと、おじさんは行ってしまった。有馬さんは83歳になった今もその言葉を忘れないと言っていました。

誰にも人生の目的があり、プランがあります。だが、「登るなら、大樹に登れ」。いろんな困難があるにしても、そこにある大樹に登らなければ、はるか向こうにつづく道を発見することはできないのです。学問も海外留学も、本当に成果を上げることは簡単なことではない。しかし、「登るなら、大樹に登って」チャレンジすることが若い君たちには必要です。この言葉を、「登るなら、大樹に登れ」という言葉を入学した君たちの、新しい出発への励ましのメッセージにして、わたくしの学長告辞といたします。
 

2016年4月7日 

学 長  土  屋  恵  一  郎 

有馬頼底氏直筆の色紙