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学長室

第15回明治大学シェイクスピアプロジェクト「ヴェニスの商人」の公演に寄せて

2018年11月09日
明治大学 学長室

第15回明治大学シェイクスピアプロジェクト「ヴェニスの商人」の公演にあたり、本上演を待ちわびていたシェイクスピアフリークをはじめとする皆さまに、一言ご挨拶申し上げます。

シェイクスピアに関わる本のなかに、シェイクスピアにおける法の格言というようなものが何冊かありました。40歳の頃に買った記憶があります。そうした本があるくらい、シェイクスピアと法律には縁があり、とりわけて、「ヴェニスの商人」は、裁判劇として、今日まで続くドラマのジャンルを作ったのです。アメリカ映画の重要なジャンルである裁判映画は、この「ヴェニスの商人」という作品がひな型になっています。

法律家もこの作品を題材にして、法律の解釈について語ることもあり、法律の厳格な適用とその妥当性をめぐる争いはこの作品の主題でもあります。

最近では、「ヴェニスの商人」は、ユダヤ人問題や人種差別の問題として語られる場合があります。特に2004年に、アル・パチーノがシャイロックを演じた映画は、これまでになく、ユダヤ人としてのシャイロックに焦点を合わせ、ユダヤ人とヴェニス市民との対立と差別を浮き彫りにしました。確かに、ヒロインであるポーシャが、「黙れ、ユダヤめ」と決めつけるセリフを読めば、シャイロックは、シェイクスピアの時代ならば敵役であっても、現代では、ユダヤ人差別に怒る人間として見えてくるでしょう。

「ヴェニスの商人」は、喜劇です。しかし、そこには、人間の普遍的な問題が描かれています。そのことが、今回の上演で見えることを期待しています。

明治大学の学生たちが上演するシェイクスピア劇は、いつもナイーブで自然なのです。そのナイーブさは、プロの俳優でもなかなか見せることのできないものです。ナイーブな言葉や体で、シェイクスピアを私たちのものにする。それが、明治大学シェイクスピアプロジェクトの魅力です。