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プレスリリース

植物の免疫システムを活性化するバクテリアの分子「LPS」のセンサーをイネから発見

2017年12月06日
明治大学

植物の免疫システムを活性化するバクテリアの分子「LPS」のセンサーをイネから発見

本研究成果のポイント

  • バクテリアに特有の分子で、動物の先天性免疫系でも免疫応答を誘導する「LPS」の認識、応答に関わるイネのセンサータンパク質「OsCERK1」を明らかにしました。
  • OsCERK1と類似のタンパク質は幅広い植物種に保存されていて、アブラナ科植物にのみ存在する既報のLPSセンサーとは大きく異なる構造をしています。
  • OsCERK1は、カビに特有の免疫応答誘導分子「キチン」のセンサーでもあるため、本研究成果は、病原性のカビとバクテリア両方に対する作物の病害制御技術を開発する上で重要な知見となります。

要旨

明治大学、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、ナポリ大学(イタリア)の研究グループは、イネにおいてバクテリアの感染を検出し、免疫応答を活性化するセンサー(受容体様キナーゼ)を同定しました。
植物は、微生物(潜在的な病原菌)が共通して持つ特徴的な分子パターン(MAMPs*1)を、植物の細胞膜上に存在する受容体や受容体様キナーゼによって認識することで、免疫応答を誘導することが知られています。MAMPsは多くの微生物に保存される分子であることから、近年、このMAMPs認識応答系が植物免疫機構の重要な仕組みの1つとして注目を集め、MAMPs誘導型抵抗性を強化することは広範囲の病原菌に有効な病害制御技術になり得ると期待され、世界的に研究が進められています。
これまで世界的に研究が進められてきた代表的なMAMPsには、カビの細胞壁構成成分であるキチン、バクテリアの細胞壁構成成分であるペプチドグリカンやリポ多糖(LPS*2)などが挙げられます。これまでに、明治大学、農研機構のグループではキチンおよびペプチドグリカンの認識、応答に重要な分子としてLysM型受容体CEBiP*3とLysM型受容体様キナーゼCERK1*4を同定し、研究を進めてきました。また、LPS認識、応答に関しては、ドイツの研究グループによってBタイプレクチン型受容体様キナーゼ(LORE)が2015年に同定されました。しかし、このLOREはモデル植物であるシロイヌナズナが属するアブラナ科植物にしか保存されておらず、それ以外の大多数の植物におけるLPSの認識、応答に関わるタンパク質は未同定でありました。
本研究では、OsCERK1遺伝子を破壊したイネ(oscerk1イネ)を用いてLPS誘導性の活性酸素の生成や遺伝子発現誘導を解析した結果、oscerk1イネではこれらのLPS応答が野生型イネに比べて大幅に低下することを発見しました。また、このoscerk1イネにOsCERK1遺伝子を再導入すると、低下したLPS応答性が元に戻ることを示しました。これらの結果は、OsCERK1がイネのLPS認識に重要な役割を果たしていることを示しています。さらに、シロイヌナズナにある全てのLysM型受容体様タンパク質について、それらの遺伝子を破壊した株を用いてLPS応答解析を行った結果、いずれの破壊株も正常なLPS応答を示しました。したがってシロイヌナズナでは、これらのLysM型タンパク質が、少なくとも単独ではLPS認識、応答に関与しないことが示されました。これらの結果は、イネとシロイヌナズナでは全く異なるLPS認識機構を持つことを示しています。
本研究の結果、イネにおいて、バクテリアに特有なMAMPであるLPSの認識、応答に重要なセンサーとしてOsCERK1を同定しました。今後、LPS防御応答機構の解明は病害制御技術開発の基盤となることが期待されます。
本研究成果は、英国誌「New Phytologist」に11月30日付で掲載されました。

研究担当者

明治大学農学部生命科学科 教授 賀来 華江
  同 博士研究員 出崎 能丈
  同 名誉教授 渋谷 直人
明治大学大学院農学研究科生命科学専攻 大学院生 二宮 悠輔
  同 大学院生 岩瀬 良介
明治大学農学部生命科学科 学部学生 清水 佑美
  同 学部学生 瀬古 圭都
農業・食品産業技術総合研究機構 主席研究員 西澤 洋子
  同 博士研究員 香西 雄介(現理研)
  同 主席研究員 南 栄一
ナポリ大学(イタリア) 教授 Antonio Molinaro

背景

高等植物は、病原菌の感染を微生物に特徴的な分子(MAMPs)を細胞膜上にあるパターン認識受容体(PRRs)を通じて認識し、防御応答を開始する能力を備えています。MAMPsの認識に基づく防御応答機構は、ヒトなど高等動物の先天性免疫系でも重要な役割を果たしていることが知られており、動植物に共通して保存されている生体防御機構として注目されています。MAMPsが幅広い微生物種に保存される分子であるという特徴から、応用面では、このMAMPs認識を通じて広範な微生物を認識し、防御応答できる能力を活用することによって、幅広い病害に対して抵抗性を示す作物を開発することが期待されています。
MAMPsの中でも、本研究グループは、真菌類(カビ)細胞壁の成分であるキチンの断片(キチンオリゴ糖)に誘導される植物防御応答を中心に研究を進め、それに関わる2種類の構造の異なるLysM型受容体(CEBiPとCERK1)を同定しました。これまでの研究から、イネやシロイヌナズナのLysM型受容体キナーゼOs/AtCERK1が、キチンオリゴ糖のシグナル伝達の中心的な役割をもつタンパク質であることが明らかになっています。また、明治大学及び農研機構の両研究グループはイネOsCERK1が真菌のキチンだけでなく、バクテリアのペプチドグリカンの防御応答系にも重要であることを明らかにしてきました。
一方、リポ多糖(LPS)はバクテリアの代表的なMAMPの一つであり、動物におけるLPSの活性化に関わる受容体(複合体)およびそのシグナル伝達機構に関する研究が進んでいます。本明治大学のグループでは、LPSがイネにおいてもMAMPsとして防御応答を誘導することを示してきましたが、イネに限らず、植物におけるLPS受容機構は長らく不明でありました。2015年ドイツの研究グループがシロイヌナズナにおいてLPSの応答に重要なBタイプレクチン型受容体様キナーゼLOREを同定しましたが、このLOREはアブラナ科植物のみに存在するタンパク質であるため、イネを含むその他の植物種におけるLPS防御応答に関わる受容体の正体は依然として不明でありました。

研究手法と成果

明治大学及び農研機構の両研究グループはOsCERK1遺伝子破壊株(oscerk1イネ)と野生型イネの培養細胞に対してP. aeruginosa及び複数の異なる菌種由来のLPSを処理した結果、野生型のイネ培養細胞で見られるLPS誘導型活性酸素の生成および種々の防御応答遺伝子の発現誘導が、oscerk1イネ培養細胞では大幅に低下していることを見出しました。また、このoscerk1イネにOsCERK1遺伝子を再導入した形質転換体では、低下していたLPSの活性酸素生成などの応答が復帰したことから、OsCERK1がイネLPS防御応答に重要な機能をもつ分子であることが示されました(図1)。一方、シロイヌナズナでは、AtCERK1及びLysM型タンパク質/受容体様キナーゼ(LYMs/LYKs)がキチンやペプチドグリカンの防御応答に関わることがすでに明らかになっていましたが、これらのLYMs/LYKsのそれぞれの破壊変異体を用いた解析では、すべての変異体においてLPSに対する防御応答は変化しませんでした。また、イネにもLOREに類似の遺伝子がありますが、それらの変異体のLPS応答性も変化しませんでした。
これらの結果は、イネとシロイヌナズナ植物間において、真菌由来のキチンやバクテリア由来のペプチドグリカンの防御応答系では、いずれにおいてもLysMを細胞外領域にもつ受容体/タンパク質分子が機能していますが、バクテリア由来のLPSに対する受容や防御応答機構はイネとシロイヌナズナでは大きく異なることが明らかになりました(図2)。

今後の期待

リポ多糖(LPS)はバクテリアの細胞壁構成成分であり、MAMPとして動物の先天性免疫だけでなく、植物の基礎的抵抗性に寄与することが知られています。興味深いことに、そのLPSの認識・受容およびその応答機構は、動物と植物間だけでなく、本研究のようにイネとシロイヌナズナの植物間でも、大きく異なることが明らかになりました。しかし、共通のMAMPに誘導される応答系になぜ生物間でこのような大きなシステムの相違があるのかはまだ不明であり、生物の進化論的にも興味ある課題でありますが、今後さらなるLPS防御応答系の全貌の解明が必要であります。
イネOsCERK1は、上記に述べたLPSだけでなく、キチンやペプチドグリカンのMAMPsに誘導される防御応答系のシグナル応答に重要な役割をもつことが明らかになっています。その一方で、OsCERK1は、菌根菌の共生初期応答においても重要な機能をもつことが明らかになっています。しかしOsCERK1分子がどのように同一の分子で防御応答と相反する共生応答の機能を可能にしているのか、その機構はまだ不明でありますが、今後において非常に興味深い研究課題であります。
今後、OsCERK1等のLysM受容体を介する防御応答や共生応答の活性化機構の全貌の解明が必要であり、そうした知見は生物学的に重要な多くの現象を理解する鍵を与えてくれるだけでなく、新規の複合病害抵抗性作物の開発や有用菌との共生制御技術開発などの基盤となることが期待されます。

発表論文

Yoshitake Desaki, Yusuke Kouzai, Yusuke Ninomiya, Ryosuke Iwase, Yumi Shimizu, Keito Seko, Antonio Molinaro, Eiichi Minami, Naoto Shibuya, Hanae Kaku, Yoko Nishizawa

「OsCERK1 plays a crucial role in the lipopolysaccharide-induced immune response of rice」

New Phytologist, doi/ 10.1111/nph.14941

用語説明

※1 MAMPs
キチン、フラジェリン、ペプチドグリカン、リポ多糖など、広範囲の微生物に存在する一方、高等動植物には存在しない分子。PAMPsとも呼ばれる。動植物先天性免疫系において受容体に認識されることで、免疫応答を誘導する。
※2 リポ多糖(LPS)
グラム陰性バクテリアの細胞外膜の構成成分。脂質および多糖から構成される。動物に対しては内毒素(エンドトキシン)とも呼ばれ、その受容体、シグナル伝達系、多岐にわたる生理作用が詳細に解明されている。一方、LPSは植物に対しても免疫応答(生体防御反応)を誘導するが、そのメカニズムはほとんどわかっていない。
※3 CEBiP
Chitin Elicitor Binding Proteinの略。本研究グループによって発見されたイネのキチン受容体分子で、細胞表層でキチン断片(キチンオリゴ糖)に特異的に結合し、防御応答誘導の引き金を引くと考えられている。
※4 CERK1
Chitin Elicitor Receptor Kinaseの略。本研究グループによって最初にシロイヌナズナで発見された受容体キナーゼ様分子で、細胞のキチン応答に必須の分子。この分子の細胞内に存在するキナーゼドメインの活性がシグナル伝達に必須であることが分かっている。イネにも構造、機能的に類似した分子(OsCERK1)が存在することが示されている。

お問い合わせ先

研究内容に関するお問い合わせ

明治大学 農学部生命科学科 賀来華江教授
電話:044-934-7805
e-mail:kaku@meiji.ac.jp

国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 西澤洋子主席研究員
電話:029-838-7912
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