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プレスリリース

~アフリカで甚大な農業被害をもたらす根寄生植物防除に向けた新たな一歩~ 明治大学農学部 瀬戸義哉准教授ら 根寄生植物の発芽を制御する新たな分子を発見

2021年06月03日
明治大学

~アフリカで甚大な農業被害をもたらす根寄生植物防除に向けた新たな一歩~
明治大学農学部 瀬戸義哉准教授ら
根寄生植物の発芽を制御する新たな分子を発見 

要 旨

明治大学農学部の瀬戸義哉准教授、同大学院農学研究科の来馬道生(博士前期課程2年)、鈴木泰輝(博士前期課程1年)の研究グループは、アフリカで甚大な農業被害をもたらす根寄生植物の発芽を誘導する新たな分子を発見しました。
●この新たに発見した分子は、これまで見つかってきた発芽誘導分子と化学構造や作用が異なるため、根寄生植物の防除に向けた新しいツールになることが期待されます。
●この成果は、根寄生植物を効果的に防除するための新たな化学ツールの開発につながることが期待されます。根寄生植物による被害は年間1兆円にものぼると言われており、世界の食料安全保障問題の解決にもつながることが期待されます。
●本成果は、2021年5月6日に米国科学誌Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters誌に公開されました。

概 要

根寄生植物はトウモロコシやソルガム、陸稲などの主要作物にも寄生し、寄生した相手である宿主植物から水や栄養を奪って生活します。根寄生植物に寄生された作物においては、収量が劇的に低下するなどの農業被害が見られ、その被害額は世界で年間1兆円と言われています。2012年には、世界の食糧安全保障を脅かす七大病害の一つとして、米科学誌であるサイエンス誌の中で紹介されました。本研究では、単純なアミノ酸の一種であるトリプトファンの誘導体分子が、根寄生植物の発芽を誘導することを発見しました。また、根寄生植物の発芽を誘導しつつ、発芽後の幼根伸長を阻害する作用を併せ持った分子を開発しました。これらの分子は、根寄生植物防除に向けた新たなケミカルツールになることが期待されます。本研究成果は、2021年5月6日に米国科学誌Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters誌にオンライン公開されました。

研究の背景

枝分かれを制御する植物ホルモン※1であるストリゴラクトン(SL、図1)は、栄養条件に応じて植物の枝分かれを適切に制御する重要な役割をもっています。それだけではなく、SLは根から放出され、植物にリンなどの無機栄養を供給してくれる共生菌であるアーバスキュラー菌根菌※2を活性化し、共生を促す作用も有しています。その一方で、アフリカなどで大きな被害をもたらしているストライガ※3などの根寄生雑草は、このストリゴラクトンを感知して発芽し、作物などの根に食いついて、水や養分を奪って枯らしてしまうことが知られています。この被害は全世界で年間1兆円を超えると言われており、甚大な農業被害となっています。日本国内でこれまで大きな被害は報告されていませんが、外来種であるヤセウツボが様々な地域に生息していることが知られています。
現在、根寄生植物の効果的な防除法として、自殺発芽誘導法が考案されています。この方法では、根寄生雑草の発芽を誘導するSL或いは同等の活性を有する分子を、作物を植え付ける前の圃場に散布し、根寄生植物を強制的に発芽させて枯死させる方法です。この方法の有効性は示されてきていますが、SL等の分子は、合成する際のコストの問題もあり、これまで実用化には至っていません。そこで本研究では、SL様物質を生産する微生物を大量培養し、醗酵法により自殺発芽誘導剤を生産することを目的に、そのような微生物の探索を目的にスタートしました。微生物のスクリーニングに先立ち、研究グループは、微生物の培養に用いる培地成分に根寄生植物の発芽に影響を与える分子が含まれている可能性を考え、微生物の培地成分の作用を調べました。

研究手法と成果

本研究グループは、根寄生植物の発芽を誘導できる微生物のスクリーニングに先立ち、微生物培養に用いる培地成分の影響について検討しました。その結果、窒素源として広く用いられているトリプトンがSL依存的なヤセウツボの発芽を阻害することを見出しました。その阻害成分について探索したところ、アミノ酸のひとつであるトリプトファン(Trp)であることを発見しました。
続いて、トリプトファンと化学構造の似た化合物を入手し、根寄生植物種子に投与したところ、多くの分子が発芽を阻害することを見出しました。特に、Trpを生合成中間体として作られる植物ホルモンであるインドール-3-酢酸(IAA;オーキシン)は、強い発芽阻害活性や幼根伸長阻害活性を有していることが明らかとなりました。そこで、IAAにSLの部分構造を持たせたハイブリッド分子(IAA-SL、図2)を合成したところ、SLと同程度の発芽誘導活性を有しつつ、発芽後の幼根伸長を阻害することを見出しました。
また、Trpのアミノ基をアセチル化したN-アセチルトリプトファン(N-acetyl-Trp、図1)は、発芽阻害作用は有していませんでしたが、根寄生植物種子の発芽を誘導するという興味深い現象を発見しました。しかしながら、活性が非常に弱かったため、インドール環に1の置換基を導入した誘導体を合成しました。その結果、置換基を導入したN-acetyl-Trpの中には、置換基を持たない分子と比べて、10~100倍程度活性が強くなる分子も存在しました(図3)。

今後の期待

今回の研究では、根寄生植物の「発芽誘導」と「幼根伸長阻害」という2つの活性を有する分子の合成に成功しました。このような分子は、初めてのケースとなります。これまでの自殺発芽誘導剤は宿主非存在下で投与する必要がありましたが、本分子は、宿主存在下で投与した場合でも、発芽した根寄生植物は幼根を伸長させることができないので、宿主にたどり着けずに死滅することが期待されます。今後は、こういった可能性について検証していく必要があります。また、N-acetyl-Trp類縁体が発芽誘導活性を有していることを発見しました。この分子は、ワンステップで容易に合成可能であるため、自殺発芽誘導剤の低コスト化に貢献できることが期待されます。また、SLと化学構造が全く異なることから、その作用メカニズムにも興味が持たれます。さらに多くの類縁化合物を合成することで、より活性の強い分子が見出されれば、新たなタイプの自殺発芽誘導剤として利用可能になることも期待されます。
さらに、今回の研究により、微生物の培地に含まれる成分が、根寄生植物の発芽に影響を与えることが明らかにされたため、今後、根寄生植物の発芽誘導分子の生産菌を探索するためには、この点に注意を払う必要があることが強く示唆されました。

用語説明

※1 植物ホルモン: 植物の成長を制御する化学物質の総称。一般的に植物ホルモンは、植物でごくわずかしか作られない。これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、 エチレン、ジャスモン酸、アブシジン酸、ブラシノステロイド、ストリゴラクトン、サリチル酸に加え、幾つかのペプチドホルモンなどが発見されている。
※2 菌根菌:菌根を作って植物と共生する菌類のこと。土壌中の糸状菌が、植物の根の表面または内部に着生したものを菌根という。菌根菌は、植物に着生後、土壌中に菌糸を張り巡らし、主にリン酸や窒素を吸収して宿主植物に供給する。代わりにエネルギー源として、植物が光合成により生産した糖などの炭素化合物を得る。そのため、植物は菌根菌と共生することにより、栄養分の乏しい土地での育ちが改善される。
※3 ストライガ:別名「ウィッチウィード」(魔女の雑草)とも呼ばれる根寄生性雑草。植物から分泌されるストリゴラクトンを認識して発芽して、近くの植物の根に寄生し、宿主植物から栄養を吸収する。ストリゴラクトンがなければ発芽できず、種子の状態で何年も休眠したまま生存し続ける。ストライガに寄生された植物は著しく生育が抑制される。特にアフリカでは、ソルガムやトウモロコシなどの農作物における被害が大きく、ストライガの撃退は食糧生産上、重要な課題となっている。

 
 

論文情報

題目:Tryptophan derivatives regulate the seed germination and radicle growth of a root parasitic plant, Orobanche minor
著者:Michio Kuruma, Taiki Suzuki, Yoshiya Seto
雑誌:Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters
DOI:10.1016/j.bmcl.2021.128085.
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