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学生相談室

「相談室の窓から」~ディスコミュニケーションがデフォルト~

2015年04月20日
明治大学

『ディスコミュニケーションがデフォルト』
                            学生相談室 相談員
情報コミュニケーション学部 専任講師  南後 由和

 昨年度の学生相談室の企画「シネマアワー」では、映画『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督、2003年)を和泉図書館ホールで鑑賞しました。主人公は、東京に滞在中、うまく言葉が通じずに孤独を味わう年配ハリウッド俳優と、夫の仕事で同じくアメリカからやってきた若い女性。『ロスト・イン・トランスレーション』というタイトルは多義的な解釈が可能ですが、翻訳・通訳に困る・迷うという意味が含まれています。この映画のタイトルも、翻訳に困るからカタカナになったのかもしれません。
 映画では、ロスト・イン・トランスレーション状態として、アメリカ人と日本人、異性や異世代間の「ディスコミュニケーション」(コミュニケーション不全)が、ときに切なく、ときにコミカルに描かれています。ロスト・イン・トランスレーション状態とは、近年ではアジアや中東をめぐる政治や宗教、原発や科学技術に関する専門家と市民の問題などにも当てはまり、この映画から考えさせられることは多々あるのですが、ここでは映画冒頭のワンシーンだけ紹介します。
 それは主人公がCM撮影の仕事をする場面です。日本人撮影スタッフ、通訳、主人公の間のディスコミュニケーションが面白いのですが、ウイスキーのCMであることがポイントです。なぜなら、年代もののウイスキーをたしなむような渋い男は、「違いがわかる男」のはずだからです(実際に「違いがわかる男」をCMのキャッチコピーにしているのは某コーヒーメーカーですが)。
 この点は、コミュニケーションについて考えるうえで重要です。気の合う仲間同士でつるんでいるだけがコミュニケーションではありません。見たいものだけを見るネットや、つながりたい人とだけつながるSNSもしかりです。
 それに対して、『ロスト・イン・トランスレーション』は、ディスコミュニケーションがデフォルト(初期状態・標準設定)であることをポジティブに評価しようとする映画です。お互いに違いや距離があるからこそコミュニケーションが生まれるのであり、お互いの違いを認めること、まさに「違いがわかる」ことがコミュニケーションにおいて大切なのではないでしょうか。ちなみにこの映画は、外国人からみた東京という都市の描かれ方が斬新で、当時のカルチャーシーンの記録としても面白く、サウンドトラックもおすすめです。