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トラウマ・ケアの世界的権威コーク博士を招き講演会 『東日本大震災とトラウマ』





文学部と心理臨床センターは6月2日、関西学院大学災害復興制度研究所と共催で、米国ボストン大学医学部精神科教授のビッセル・ヴァン・デア・コーク博士による講演会「東日本大震災とトラウマ その支援と回復に向けて」を駿河台キャンパス・アカデミーコモン3階のアカデミーホールで開催した。当日は雨天にもかかわらず約1300人の来場者が詰めかけ、同ホールに入れなかった聴衆のために2階会議室へモニター中継するほどの盛況となり、関心の高さをうかがわせた。

コーク博士は1995年の阪神淡路大震災、2004年のインド洋大津波などでも、現地で被災者の心理を研究してきており、名実ともに世界をリードするトラウマ研究の第一人者。これまで30年以上にわたるトラウマ治療とその研究に加え、講演会前日までの仙台や福島等の被災地視察をふまえた東日本大震災特有のトラウマ被害の現状とその支援に関する貴重な講演が行われた。

講演概要・解説

講演会の主催者でもあり、同分野で活躍目覚しい心理臨床センター長の高良聖文学部教授と、同センター相談員も務める加藤尚子文学部准教授に、コーク博士の講演概要と解説を寄せてもらった。

コーク博士は「トラウマを負うと、これからどう生きていくか、想像力や未来への展望を失う」とした上で、最新の脳科学や、自身の神経学的な研究成果を紹介しつつ「性急なトラウマ体験の言語化はかえってトラウマを深くする。呼吸やヨガ、タッピング、遊びなどを通して、自分で自分を高揚させたり沈めたりといったコントロールの体験が有効だ。それにより、トラウマによる無力感や自己や外界へのコントロール喪失感を補償し、自分で自分をコントロールできるという感覚が回復する」と有効な手当てと、トラウマ・ケアに時間をかけて丁寧に向き合う必要性を語った。

被災地の現状を視察して、「避難所等で受け身的に過ごすことから、今後は被災者自ら活動し、自分たちの生活を再建していくことが大切だ。かつて日本は戦争や阪神淡路大震災から見事に復興した経験を有している。自分たちで復興したという誇りが、トラウマを乗り越える有効な方法を導くパワーの源泉になる」と博士ならではのエールが送られた。一方で、福島原発事故の影響について、「事実を知ることが重要。何を信じてよいかわからない。誰も信用できない。というような状態は、トラウマからの回復に一番悪い影響を与える」と日本の現状を憂いた。

コーク博士の最新のトラウマ研究の知見は、トラウマ記憶に関わる脳内の神経学的損傷を医学的見地から検証したもので、その回復には、従来の言語的レベルでの体験の語り(デ・ブリーフ)には限界があるが、身体性に働きかけるアプローチが有効な手法であると提言している。PTSD(心的外傷後ストレス性障害)のクライエントは、自己体験と感覚が解離した状態にあるために、状況に応じた適切な感情を表出することが困難になる。その不均衡な状態から回復するためには、『今、このとき』に集中させた身体に働きかける「筋肉運動」、「リズム」、「呼吸」などからの介入が効果的であると報告された。

コーク博士の講演、被災における特有のトラウマへの対応と支援者のための最新の臨床メソッドは、限られた時間かつ通訳を介するものであったが、聴衆に深い感銘と示唆を与える大変有意義なものであった。

Bessel van der Kolk,M.D.(ビッセル・ヴァン・デア・コーク博士)
精神科医、ボストン大学医学部教授、ボストントラウマセンター所長。国際トラウマティック・ストレス学会会長を歴任。著書に「サイコロジカル・トラウマ」他、論文多数。世界のトラウマ研究をリードする研究者である。