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本棚「新劇とロシア演劇 築地小劇場の異文化接触」武田 清 著(而立書房、4,000円)





以前モンゴルの俳優から、資本主義の日本がスタニスラフスキーやメイエルホリドの作品をほぼ同時代的に上演したというのは本当か、政治的にも演技・演出の上からも信じられない、と言われたことがある。新劇は革命国ロシアの演劇を手本の一つとしたが、同じ革命国モンゴルの演劇人からすればその上演は奇異なことなのだろう。

近年「異文化理解」「異文化受容」という言葉は定着してきたが、理解・受容以前の「異文化接触」についてはまだ関心が薄いようだ。接触は時に違和・衝突・誤解・拒絶といった否定的な内容を生じるが、それだけに文化を巡る問題の本質が横たわっていると言える。本書は新劇とロシア演劇の出会いに光を当て、その揺れや捻れの中に日本の近代劇の創造を読み取る。

学術論文を収めたものだが、いずれも過去の出来事の小さな綻びを見逃さず巧みに日露演劇関係史の意外な真実へと迫っていく、その実証と論理の展開には推理小説を読むような醍醐味がある。演劇を通じて歴史を超えた異文化接触の本質に迫る刺激的な一冊である。

中野正昭・文学部兼任講師(著者は文学部教授)