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本棚『名画と読むイエス・キリストの物語』中野 京子 著(大和書房、1,600円)



清々しい森の社などに神秘を感じる多くの日本人にとって、四肢を釘付けにされ血を流すキリスト磔刑図は、眼をそむけたくなるほど異質である。なぜ磔刑図がキリスト教の象徴となったのか、それを理解したいと願って本書を読むものは、受胎告知からイエスの壮絶な最期まで、著者の文章に惹かれ息をつめて読むうちに、自らの素朴な疑問や好奇心がすくい上げられていくのを感じる。

本書はイスラエルの地形や風土の具体的な記述から始まり、挿入された42枚の絵とともにイエスの生涯をたどるが、使徒たち、支配者、庶民、それぞれの心理の洞察も興味深い。とくに、救いを望んでは失望した群集の心理と、弱みを突かれた権力者のすさまじい怒りが結びついて、イエス処刑へとなだれ込んでいく様の描写は、緊迫感あふれた文章に優れた著者の本領発揮である。市場の喧騒、生贄の動物の血しぶきと脂肪の滴り、臭いなど、他のどの本がこれほど我々の五感に訴え、想像力を刺激してくれただろうか。本書は、はしがきで語られた「手引書」としての役目のみならず、人間とキリストの2000年の物語を眼前のドラマとして見せてくれる本である。

大津栄子・理工学部講師(著者も理工学部講師)