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本棚「海辺の家族 ——魚屋三代記」黒川 鍾信 著(みやび出版、2,000円)



これまで主に評伝やノンフィクションを書いてきた著者が初めて書下ろした長編小説である。舞台は、湘南発祥の地で、日本で最初に海水浴場を開設、伊藤博文や吉田茂など歴代8人の首相を務めた人たちが本宅や別荘を構えた神奈川県大磯町。その町の魚屋の長男に生れ、昭和27年に大学を出て大手建設会社に就職した主人公は、ボーナスを手に日本橋白木屋百貨店へ買物に行き、応対の女店員と親しくなる。当時、若い女性の憧れの職場で、また、男性が憧れる女性は、「デパートガール」。2人は恋におち、暗黙の了解で結婚を決める。が、男の父親が病に倒れ、8000円の月給では病床の父と妹たちを養えない彼は、結婚をあきらめ、魚屋を継ぐ。男を追って女は魚屋の女房になったが、魚を捌けるようになるまでの苦労、姑や義理の姉妹たちとの葛藤、義父の看病、3人の息子とひとり娘と、NHKテレビの朝ドラの主人公のように逞しく生きていく女性の姿と、彼女を取りまく人々の温かい思いやりなどが、往年の小売店の様子を彷彿とさせる。

金子邦彦・情報コミュニケーション学部教授(著者は元情報コミュニケーション学部教授)