Go Forward

「大学の使命」

農学部長 早瀬 文孝


研究室の朝は早い。還暦をとうの昔に迎えた私が蒸し暑い生田の坂をようやく越えて扉を開けると、狭い研究室では既にさまざまな研究機器がひしめきあいながら音を響かせており、それら機器の間には自らのテーマに汗をかく多くの学生・大学院生の姿がある。前日は夜遅くまで苦闘していたのであろう。学生たちは私が席に着くやいなや、データを手に議論を求めてくる。しかしながら研究において予想通りの結果が出ることはほとんどない。学生たちは自ら考え、試行錯誤する過程で学問的発見を成し遂げるとともに、人間として大きく成長してゆく。何度押し返されても前進すべく努力する姿勢は、ラグビー選手さながらである。

近年、文部科学省や教育再生実行会議は大学改革を唱え、「効率化」を大学に強く迫っている。一方では「研究の質向上」のため第三者評価制度が導入され、学生の学習時間増などを求めている。これらに伴い事務量も急激に増加し、対応に苦慮しているのが現状である。たしかに大学の研究・教育が今のままで十分であるとは言えない。しかしながら予算配分に誘導されて「効率化」に迎合し、机上のプランのままに「改革」を推し進めることが真に学生のためになると言えるだろうか。

大学は多様な研究者、学生の集団から構成されるものであり、一つの方向に誘導できるものでは決してない。研究者は、あらゆる学問領域でその本質を明らかにすべく、独創的な仮説を立て、それを立証するために再現性を求め検証を重ねると同時に、自らとは異なる学説、データに誠実に向き合い、修正を行いながら自らの研究を組み立ててゆく。大学にはこのようなプロセスが本質的に存在している。研究者たる教員が学生と日々密に接し、この貴重なプロセスを共有し伝えることこそ、大学の最も重要な使命であり、「個の力」の強化につながるのではなかろうか。

そのためには、研究者自身の努力が必要であることは言うまでもないが、同時にスペースなどの研究基盤はもとより、思索する自由時間なども必要である。教員の事務量が際限なく増えつつある現在、事務機構のサポートも重要であり、教員と職員が両輪になって多様な学生を育てる基本は現在も変わっていない。近年とくに「グローバル化に対応した人材育成」が叫ばれており、文部科学省が推進する大学改革の柱の一つとなっているが、生田キャンパスで過ごす学生は研究室において国内外の最新の研究動向をキャッチアップしつつ多様な研究に日々没頭し、得た成果を国内外で発表している。研究活動にはもともと国境はない。とくに理系においては研究環境の一層の充実が、大学の目指すグローバル化に資することは明らかである。

夏の長い日も暮れるころ、研究室ではまだ多くの学生が研究に没頭している。「効率化」とは対極にある研究本来のプロセスはもう時代遅れであるのか。大きな潮流に押し流される不安を感じることもある。しかし悪戦苦闘を糧に成長し、研究生活を送る学生たちの充実した顔は私に「研究本来のプロセスが重要である」という確信を与えてくれる。

(農学部教授)