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本棚『世阿弥の言葉 心の糧、創造の糧』土屋 恵一郎 著 (岩波現代文庫、960円)



著者は、能役者のあり方について世阿弥が述べた言葉を、世阿弥の思想の成就へ向けて、自らの言葉で語る。本書で取り上げられた言葉のひとつ「離見の見」とは、観客席から見ている観客の目をとおして自分を見ることである。客席から見える自分の姿を見きわめて能を舞う。そして世阿弥は、「後ろ姿を覚えねば、姿の俗なる所をわきまえず」(『花鏡』)とも述べる。後ろ姿を見ていないと、その見えない後ろ姿に卑しさが出ていることに気がつかない、と。よくよくかみしめねばならぬ言葉である。

また、著者によれば、世阿弥の偉大さは、既存の物語を解体して新しい表現へと転化させたこと、そのシステムを作ったことである。旅の僧という異形の者が村を訪れるパターンで、新しい能のドラマが展開する。著者は、世阿弥を語りながら自己を省察し自己を語る。試練を乗り越える方法を能役者に提示する世阿弥の言葉は普遍性を持つ。かかる立ち位置から書かれたこの本は、世阿弥の現代性をみごとに引きだしている。

加藤哲実・法学部教授(著者も法学部教授)