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本棚『ピープスの日記と新科学』M.H.ニコルソン 著 浜口 稔 訳(白水社、4200円+税)



本書は愉快な本である。科学の殿堂とも言うべき、かのイギリス「王立協会」が十七世紀設立当時、メンバーの多くがど素人のゆるい組織であったことがよくわかるからである。新しい科学こそがヴァーチュオーソと呼ばれる当時の好事家たちの好奇心の対象だったのだ。羊の血を人体に輸血する実験への人々の関心。奇抜なファッションで公開実験に興じる公爵夫人。コーヒーハウスで繰り広げられる素人談義。ヴァーチュオーソを揶揄する諷刺文学。ニコルソン女史の生き生きとした描写と浜口氏の的確な解説が示してくれるように、活気に溢れたこの時代は、素人と玄人が入り乱れて科学の新しい知を追い求めている。

ところで、専門分化が進んで科学の知も素人が容易に近づけなくなった現在、科学が進歩してもわれわれは時代にある種の閉塞を感じてしまう。時代が活況を呈すためには、素人と玄人が乱婚状態にあるような知の追求が必要なのではないのだろうか。その意味で、本書は考えさせてくれる本でもある。

岩野卓司・法学部教授
(訳者は理工学部教授)