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本棚「コンテンツは民主化をめざす—表現のためのメディア技術」宮下 芳明 著(明治大学出版会、2,800円+税)



トーマス・ルフがインターネット上に氾濫するポルノグラフィから色面絵画を制作し、リチャード・プリンスがインスタグラムの素人写真を盗用して、新奇な肖像画をものする。こうした有力な現代美術家の一部に共通するのは、ネットワークへの常時接続によって今日の映像環境が規定されていることへの思慮である。映像のリアルはネット環境におけるアマチュアリズムや匿名性をおいて他にないという、関心と諦念が彼らには同居している。だが文化の担い手の拡散に関わる議論は、表層に留まりがちだ。

本書は、こうした「表現の民主化」の状況を、視聴覚ばかりかあらゆる五感に関わるメディアの革新と絡めて、明快かつ平易に解き明かす。従って本書は、情報科学的な知の文化に与えるインパクトを綴った啓蒙の書である。しかし著者の深意はより論争的、価値転覆的だ。「表現の民主化」という不可逆的な状況の裏面で、「プロ」の作り手の理念や手法、その既得権益の護持の仕方に、形骸化はないのか。そのことが暗に問いただされるのである。

倉石信乃・理工学部教授(著者は総合数理学部教授)