リオ2016パラリンピック車いすテニス 男子コーチ
丸山 弘道さん(1992年文学部卒業)
車いすテニスコーチのパイオニアとして、国枝慎吾選手をはじめとする数々のトップテニスプレーヤーを指導してきた。パラリンピックでは、2004年アテネ大会から指導した選手が3大会連続で金メダルを獲得するなど、日本の車いすテニス競技を牽引している。
「目が悪いからコンタクトレンズを付けるように、彼らは足が悪いから車いすに乗っているだけ。一番大切なことは“心のバリアフリー”です」と、健常者も障害者も指導におけるスタンスは変わらない。
苦い経験もあった。初めて車いすテニス選手を指導した際、車からコートまで色々な手助けをしていると「丸山さんは私の介護者ですか?それともテニスのコーチですか?」と言われた。それ以来、自ら車いすに乗ってテニスをしたり、元車いすテニス選手から指導を受けたりと、懸命に理解しようと努めた。
そうした中、テニススクールで偶然見かけた青年、それが国枝慎吾選手だった。大人に混じって飛び跳ねるように車いすを操ってテニスをする彼の姿を見て、直感で「世界を目指せる」と思った。それが出会いで、すぐに指導を開始。初めて臨んだ2004年のパラリンピックアテネ大会、ダブルスで金メダルを獲得した。「車いすテニスのコーチとして、自分が信じてやってきたことが実を結び自信がついた」。以後、国枝選手と二人三脚の指導が本格化し、2008年北京大会、2012年ロンドン大会とシングルスで2連覇を達成した。
9月8日に開幕するリオ2016パラリンピックでは、おのずと期待が高まる。「我々の目指すべき道はただ一つ。正々堂々と向かって、それを成し遂げたい」と、リオでも頂点を見据えている。
<丸山さんのインタビューは、広報誌「明治」第71号(2016年7月発行)に掲載しています>
丸山 弘道さん(1992年文学部卒業)
車いすテニスコーチのパイオニアとして、国枝慎吾選手をはじめとする数々のトップテニスプレーヤーを指導してきた。パラリンピックでは、2004年アテネ大会から指導した選手が3大会連続で金メダルを獲得するなど、日本の車いすテニス競技を牽引している。
「目が悪いからコンタクトレンズを付けるように、彼らは足が悪いから車いすに乗っているだけ。一番大切なことは“心のバリアフリー”です」と、健常者も障害者も指導におけるスタンスは変わらない。
苦い経験もあった。初めて車いすテニス選手を指導した際、車からコートまで色々な手助けをしていると「丸山さんは私の介護者ですか?それともテニスのコーチですか?」と言われた。それ以来、自ら車いすに乗ってテニスをしたり、元車いすテニス選手から指導を受けたりと、懸命に理解しようと努めた。
そうした中、テニススクールで偶然見かけた青年、それが国枝慎吾選手だった。大人に混じって飛び跳ねるように車いすを操ってテニスをする彼の姿を見て、直感で「世界を目指せる」と思った。それが出会いで、すぐに指導を開始。初めて臨んだ2004年のパラリンピックアテネ大会、ダブルスで金メダルを獲得した。「車いすテニスのコーチとして、自分が信じてやってきたことが実を結び自信がついた」。以後、国枝選手と二人三脚の指導が本格化し、2008年北京大会、2012年ロンドン大会とシングルスで2連覇を達成した。
9月8日に開幕するリオ2016パラリンピックでは、おのずと期待が高まる。「我々の目指すべき道はただ一つ。正々堂々と向かって、それを成し遂げたい」と、リオでも頂点を見据えている。
<丸山さんのインタビューは、広報誌「明治」第71号(2016年7月発行)に掲載しています>