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ズームアップ第571回「劇的な引退試合 監督の起用に恩返し」

硬式野球部 田中 楽久



ベンチを出ると、4年間スタンドから見ていた景色があった。六大学秋季リーグ・東大2回戦。4年生が引退する特別な一戦で、田中楽久外野手(文4=明大明治)が神宮デビューを果たした。力強い声援、高まる一体感。共に戦う仲間の存在をいつも以上に強く感じた。

1歩目を切り、白球を大事につかんだ。9回裏2死、あと一人を抑えれば勝利が決まる場面。場内に守備交代が響くと共に、田中がレフトの守備位置に就いた。最初で最後の神宮の舞台。打席を見つめていると、驚きの光景が視界に映った。「本当に飛んできた」。田中めがけて弧を描く打球。勝利の瞬間、ウイニングボールは確かにその手の中にあった。

「とにかく野球が好きだったから」、硬式野球部への入部を決めた。突出した強みはなく、守備も得意ではない。猛者の集うチームで、なかなか出場機会に恵まれなかった。それでも「誰よりも上達した」自信はある。「大好きな野球をもっと楽しめるように」努力する日々。日の目を見たのは、現役最後の日だった。

ベンチに戻りがっしりとかわした握手。「おめでとう」(善波達也監督)。とびきりの笑顔で迎えられた。「下級生の時は本当に怖かった。でも今は、監督が全部員を平等に考え、愛情を持って接していたのが分かる」(田中)。これまでの取り組みを買い、起用してくれた善波監督。最後の恩返しとして、必死に応えてみせた。神宮での経験は「一生の宝物」。すがすがしい気持ちで、高校、大学と青春を共にした紫紺のユニホームを畳んだ。
(たなか・らく 文4 明大明治 176cm・74kg)

文・写真/谷山美海(文2)