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本棚「スイス文学・芸術論集 小さな国の多様な世界」スイス文学会(須永 恒雄ほか) 編(鳥影社、1,900円+税)



スイス文学会は1965年の発足以来、多くの作品を翻訳紹介してきた。設立メンバーには本学文学部の故堀内明先生も名を連ね、当初から明治大学との関係は深い。現在も本学駿河台校舎を主な会場に年4回の研究発表会を開催し、その旺盛な活動の成果の一つが本書である。テーマはスイス独自のレト・ロマン語から現代文学、コミック等多彩で、例えば編集責任者である須永恒雄氏は、アール・ブリュットの画家A.ヴェルフリが精神病院で書き残した膨大な著作に光を当て、「作家」ヴェルフリの特異な創作世界を考察している。また関口裕昭氏(情コミ教授)は、戦後ドイツの演劇界で大成功を収める一方でユダヤ人の扱いをめぐって議論を巻き起こしてきたM.フリッシュの『アンドラ』を取り上げ、創作過程でユダヤ人の詩人P.ツェランとの交友とその影響を分析し、作品の解釈に全く新しい視点を導入する。他の収録論文も夫々に新たな関心と興味を掻き立て、ともすればハイジに象徴される固定したスイス像を完全に払拭する画期的な論考集である。

田村 久男・政治経済学部教授
(編者は法学部教授)