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論壇「ワーク・ルール教育の必要性」

法学部長 青野 覚

現在、職場で強いストレスを感じている労働者の割合は6割前後で高止まり傾向にある。また、2016年度、業務における過重な負荷により脳・心疾患を発症した事案で労災保険給付が決定された件数は260件、そのうち死亡(過労死)は107件に上り、業務のストレスによりうつ病等の精神障害を発病した事案の同給付支給決定件数は498件、そのうち自殺(過労自殺)は84件と、いずれも前年比で増加している。この過労死・過労自殺等の最も重要な要因は発症前1カ月間の80時間を超える時間外労働などの長時間労働にあるとされる。さらに、「過労死等防止対策大綱(平成27年閣議決定)」の対象である1週間の就業時間が60時間以上の長時間労働者(過労死予備軍)は40代・30代の男性労働者で15%を超えている(厚労省『平成29年度版 過労死等防止対策白書』)。

このような過酷な労働環境に対して、現行労働法は、使用者は1週40時間、1日8時間を超えて労働させてはならないと定め(労基法32条)、時間外労働は例外でなければならないとする原則を維持し、違反には刑罰を科す。また、労働契約上使用者には労働者の安全に配慮すべき義務があり(労契法5条)、判例上その義務内容として個々の労働者の労働時間を具体的に把握して適切に対応するなどの義務があると解され、過労死・過労自殺事案でこれらの義務を怠った責任が追及されて多額の損害賠償請求が裁判上認められるケースが急増している。当然、これらの法令の遵守は企業に強く求められることになる。

一方、近代の大学教育の社会的機能は、民主主義社会の担い手たる健全な社会人の育成にあるとされる。そして、労働することは個人の経済的自立、社会化による成長、社会参加の契機となることから、大学は「学校から職場へのスムーズな移行」を支援することが要請されている。さらに、2010年大学設置基準改定はすべての大学に「キャリア・ガイダンス」の実施を義務付けた。その趣旨は、健全な社会人が職業生活において「幸せに生き続ける」ための能力の醸成を求めるものと解される。

このキャリア教育の重要な内容が、現行労働法についてのワーク・ルール教育である。その効用は、まず、学生に企業選びの確固たる視点を提供することにあり、規模の大きな有名企業だけでなく、働く者や社会にとって有用な企業の選択を可能にする。次いで、内定から退職までの契約関係や下回ってはならない最低労働条件のルールを知ることは、命と健康を維持して人間らしく働き続けるための不可欠の知識となる。今、「就職の明治」には一層効果的なワーク・ルール教育の実施が求められている。(法学部教授)