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論壇「福島を忘れない」

農学部長 針谷 敏夫

近年社会的に農学への関心が高まり、多くの大学で農学系学部の改組、新設が相次いでいる。特に女性の「食」への関心が高まっているのか、全国的に女子学生の増加が著しく、明治大学農学部においても新入学者の女子比率は10年前の33.3%に比べ今年は49.6%に上昇している。

農学は「人類の生命の永続性」を追求する学問であり、その対象は非常に広い分野に及んでいる。農業は生命維持に必要な食料を、植物・動物・微生物から得るために発展してきたが、農学は単に食料の供給だけでなく、我々の衣食住すべての文化的な生活に密接につながっている。農学の果たすべき役割は、食料生産のみでなく、それに影響する大気、水、土壌などの地球環境を念頭におき、国土保全、生物多様性の保存にも着目していかねばならず、その対象とすべき課題は広範である。

これら農学の教育研究の振興と、関連産業と生活基盤の持続的発展に寄与することを目的として、全国農学系学部長会議が設置され、毎年2回開催されている。この会議は全国の国・公・私立を問わず大学に設置されている農学、水産学、林学、獣医学などの農学関連分野の人材養成を目的としている学部の集まりであり、62大学76学部が加盟している。主に各学部での様々な取り組みや事業の情報交換の場であるが、文部科学省、農林水産省などの関係政府機関も交え、垣根を越えて農学の果たすべき役割について議論され、農学全体の課題解決を目指している。

この会議から、農学全体の広報の一環として昨年有志により『農学が世界を救う!』(岩波ジュニア新書)が出版された。農学はまさに世界的な課題に視点を置きながら、個別課題に取り組むグローカルな学問であり、国連の掲げる17の「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」に重要な役割を担っている。特に第2の目標「飢餓に終止符を打ち、食料の安定確保と栄養状態の改善を達成し、持続可能な農業を促進すること」は農学に課せられた大きな使命である。しかし近年、この持続可能な発展を脅かす出来事が全国的に多発している。地球環境変動による農業への影響、特に温暖化による作物生産への多大な影響や、度重なる地震や豪雨による土砂災害、河川の氾濫による家屋、農地の流出等、生存への脅威があとを絶たない。

特に、東日本大震災後の福島原発事故による放射能汚染が福島の農業に与えた被害は未曾有のものであるが、最近風化が懸念されている。その復興には長い時間と多大な労力を必要とし、明治大学農学部と農場は震災後から全村避難せざるを得なかった福島県飯舘村民の支援を行ってきた。ようやく昨年から帰村が始まった飯舘村とこの度復興支援の協力協定を締結し、さらなる支援を進める運びとなった。福島を忘れてはならない。
 (農学部教授)