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論壇「クラウドソーシングが調査研究を刷新する」

大学院長 石川 幹人

昨年よりクラウドソーシングによる調査をはじめた。クラウドソーシング(crowdsourcing)とは、一般大衆(crowd)に業務委託(sourcing)することであり、計算資源をインターネット(cloud)上で一元管理するクラウドコンピューティング(cloud computing)とはまったく異なる概念であるので、注意されたい。

クラウドソーシングは元来、インターネットを介して多くの、ときには顔も名前もわからない人々に、業務の外部委託をする仕組みである。一般大衆から小さな労働力を集めて仕事を完遂させるので、企業としては、仕事に最適な知識や能力をもっている人々を公募の形で集められるメリットがある。一方でそれに参画する人々にとっては、空いた時間を気軽な形で労働にあてることができる。このクラウドソーシングが学術研究に使えるのである。

学術研究では、アンケート調査や社会意識調査として一般大衆の考え方や行動傾向を調べてきた。それが、経済学や政治学、社会学や心理学の基盤データとなっている。この調査がクラウドソーシングのサービスを使うと、いとも簡単にできる。数百人規模の調査が半日もあれば十分にデータが集まる。回答者の属性を限定することも可能だ。従来の郵送による調査や調査会社に依頼する調査から比べれば、機動力に雲泥の差がある。それに費用も10分の1未満で済む。

これまでクラウドソーシングを使った調査は、ネットオタクばかりのデータを集めていて信頼性に欠けるという印象があったが、実際に集めた回答傾向を見るとそうでもない。適当な謝礼稼ぎの回答もあるにはあるが、それは分析過程で排除でき、残った回答率は他の従来型の調査と比べても遜色ない。最近では、クラウドソーシング調査と従来型の調査で分析結果にほとんど差がないと示した論文も出はじめている。

これからはビッグデータの時代と言われている。いっけん、それはビッグデータを集められる巨大企業の時代のような気がしてしまうが、そうではない。個人でもビッグデータを集められる時代でもあるのだ。学術研究に限っても、データにもとづく研究が、社会科学や人間科学に革新的な変化をもたらすにちがいない。近い将来、これが文系の大学院に波及してくるだろう。

現在、理工・農・総合数理学部の理系学部では3割ほどの学生が大学院に進学している一方、文系学部の大学院進学率はそれに遠く及ばない。メーカーの研究開発部門に理系の院卒者が多く採用されることが、この背景にある。しかし産業界でデータ分析の意義が認識されはじめると早晩、企業の戦略研究部門に文系の院卒者が大量に採用される時代になるだろう。明治大学大学院は、そうした時代に備えている。(情報コミュニケーション学部教授)