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本棚『志賀直哉 芸術小説を描き続けた文豪』  宮越 勉 著 おうふう、12,000円+税



近代日本文学を代表する志賀直哉は、芸術家であることに強い矜持を抱いていた小説家であった。本書は『志賀直哉——青春の構図——』『志賀直哉 暗夜行路の交響世界』に続く著者の志賀直哉に関する3冊目の単著である。幸田露伴・国木田独歩・泉鏡花などの明治文学の読書体験とイプセン・モーパッサン・トルストイなどの西洋文学の受容、作家的な円熟期にあたる大正期の短編小説「小僧の神様」「雨蛙」「濠端の住まひ」「城の崎にて」「焚火」と唯一の長編小説「暗夜行路」、後発の太宰治や映画監督・伊丹万作や小津安二郎らに及ぼした影響、敗戦直後の短編小説「灰色の月」と政治的文化的な提言である「国語問題」や「特攻隊再教育」、画家・有島生馬との複雑な交友を描いた「蝕まれた友情」などが、数々の資料を参照しながら実証的に論じられている。

このように本書が扱う領域は広範囲にわたるが、なかでも強調されるのは、通俗小説・大衆小説と対置される「芸術小説」を、生涯にわたって追求し創作した志賀直哉の真摯な姿勢についてである。志賀直哉の偉大さを後代に遺そうとする研究者としての使命感と情熱が伝わる一冊である。

冨澤 成實・政治経済学部教授
(著者は文学部教授)