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告辞 今再び、「登るなら大樹に登れ」

学長 土屋 恵一郎

卒業生の皆さん。そして、卒業生のご父母、ご家族、友人の皆さん。卒業おめでとうございます。皆さんの卒業は、二つのことで、みなさんにとっても、私たちにとっても忘れられないものとなりました。一つは、今回の卒業式は、通常の日本武道館での式典ではなく、オリンピック準備のために、両国国技館で行われることになっていました。つまり、皆さんの卒業は、2020年の東京オリンピックの年です。このことによって、皆さんは卒業の年とそのイベントをいつまでも忘れることはないでしょう。さらにその卒業式が、新型コロナウイルスの蔓延防止のために、中止せざるをえなくなりました。大学生活にとって、大きな式典であり、卒業生にとってもご父母にとっても大事な式典が、このようなことで中止になったことは、残念の極みです。大学生活の思い出を失うことになったのは、皆さんにとっても私たちにとっても、悔しい思いです。このこともいつまでも忘れることはないでしょう。

この機会に、皆さんに言っておきたいのは、こうした事態こそ、大事な卒業のためのレッスンであるということです。緊急事態において人々はどんな行動をすべきなのか。社会はどのように動いていくのか。それが大事なレッスンです。アマルティア・センという経済学者がいます。ノーベル経済学賞も受賞した人です。センは、ベンガル大飢饉という事件に遭遇しました。多くの餓死者を出した大飢饉です。センは、この大飢饉の教訓から、民主主義の存在がこうした緊急事態には必要であったと言っています。食料はあったにもかかわらず、その情報が公開されていなかった。それを報道するジャーナリズムがなかった。それを批判する政治的勢力もなかったのです。

今回のコロナウイルスの世界的蔓延も私たち人類にとって大きな試練です。いつかこのことが問われることになるでしょう。日本においても、民主主義が機能していることが、この緊急事態を乗り越えていく大事なポイントです。情報が隠蔽されていることがないか。きちんとジャーナリズムが報道を行っているか。政治的批判勢力が機能しているか。

明治大学の建学の精神は、「権利自由・独立自治」です。今も変わりはありません。どんなときも、校歌にも歌われているこの建学の精神と、民主主義の重要性を忘れないでください。それこそ、試練を乗り越えるために必要なことなのです。

私にとっても、皆さんは忘れることができない卒業生です。なぜなら、皆さんは私が学長になった年の入学生だからです。入学式のときに、私が話したエピソードを最後に繰り返しておきたいのです。それは、金閣寺と銀閣寺の住職である有馬頼底さんの言葉です。有馬さんは、子供の時におじさんの家に預けられていました。ある時、小さな木にぶら下がって遊んでいるのを見つかり、大きな木の方へと引っ張っていかれました。そして、おじさんは子供だった有馬さんに向かって言ったのです。「登るなら大樹に登れ」。「登るなら大樹に登れ」と、今一度、君たちに言っておきたい。けっして希望を失うことなく、失敗や挫折にも挫けず、「登るなら大樹に登れ」。

卒業式はなくても、多くの人が君たちの卒業と新しい人生の出発を祝っている。そのことを胸において、いざ、前へ。

春が君たちを迎えてくれる。