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「コロナ禍と大学のゆくえ」

教務担当常勤理事 青野 覚

現在の感染症パンデミックの脅威の本質は、人と物を集積することで新たな価値を創造してきた人類社会に対し、文明と都市生活の基盤である「集積」を根底から覆す危機を孕む点にあるとされます。さらに、「都市」における学生と教師の「移動と接触」を基盤とする「知の創造の場」として誕生した「大学」の存在基盤自体を脅かしています。

この危機の中、本学教員は、大学の支援を受けながら、オンライン授業実施のために奮闘しています。一般的に、授業のオンライン化は「時間と空間の非共有」を基本要素とするため、「移動の時間」を不要とするなど、学生の参加機会を拡大する利点があります。

オンライン授業の一形態の「大規模のオンデマンド配信型」授業は、随時視聴可能であることから、学生には必ずしも不評ではありません。ただ、学びの効果を維持するための技術的な仕組みが不可欠となります。なお、オンデマンド配信型の授業は、教室という舞台装置を離れることから、他のコンテンツとの比較評価の俎上に置かれ、その「質」が厳しく問われています(吉見俊哉『大学は何処へ』)。

一方、「小規模の同時・双方向型」授業は授業への集中度と議論の密度の点で対面型より高い教育効果があると評価され、これは学生・教師間のコミュニティ形成の最低条件である「時間の共有」が確保されていることに理由があると解されています。しかし、「知的創造」の場たる大学の教育は学生と教師の親密な共同体の中で展開されるべきものであり、そこでは「薫陶」の経験や、論文の行間に潜む学問の蘊奥を師の口述から掴む「オーラル・トラディション」が重視されます。文系の「ゼミナール」や理系の「実験室」、「実習」や「フィールド・ワーク」を要素とする科目では、「時間と空間の共有」が不可欠です。

今後は、単に現下の応急対策としてではなく、授業類型ごとの学習効果に関するこの2年の経験を検証し、オンライン化に適した規模・内容の観点から科目を振り分け、その科目の授業時間の配置をも考慮して、ハイブリッド型にカリキュラムを再編することが新たな課題となります。そして、この「カリキュラム再編」は、1980年代以降のアカデミック・キャピタリズム的な大学再編の動きに抗して(山口裕之『「大学改革」という病』)、「大学の原型」への回帰を志向する1999年EU教育大臣共同宣言『ボローニャ・プロセス』で示されたような(広田照幸ほか『組織としての大学』)、「都市をハブとした移動性」とICTの効果的な編成による「ネットワークとしての21世紀型大学」のための起点と位置付けるべきものと思われます。
(法学部教授)