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「集団浅慮」

国際日本学部長 鈴木 賢志

1940年代から1980年代までの約40年間、アメリカのイェール大学で教鞭を執った心理学者アーヴィング・L・ジャニス(Irving Janis)の名著『Groupthink』が、このたび岩手大学名誉教授の細江達郎先生の手によって邦訳書が刊行されたのを知った。

Groupthinkはジャニスの造語で、これまでにもさまざまな訳語が存在していたが、細江先生は「集団浅慮」と訳されている。いずれにしてもこの用語は、意思決定を行う集団のメンバーの間に団結心が増せば増すほど、独立した批判的思考が影をひそめ、結果として大きな失敗を招くことになるという、集団心理の法則を表している。

ジャニスは、ケネディ政権のピッグス湾侵攻や、太平洋戦争における真珠湾(攻撃した日本軍についてではなく、攻撃の危険性がたびたび警告されていたにもかかわらず防御を怠ったアメリカ軍に対して)、ウォーターゲート事件などの事例研究を通じて、この集団浅慮がそれぞれの失敗において果たした役割を緻密に分析している。彼はこうした集団浅慮の要素を「7つの欠陥」として示しており、それらを私なりの理解でまとめると、以下のようになる。

①多くの可能性を検討せず、選択肢をなるべく限定(しばしば二者択一)する。
②その選択肢の決定に満足してしまい、本来達成すべき目標や価値について顧みない。
③選択後に状況が変化しても、いったん選択した決定の危険性について考慮しない。
④選択後に状況が変化しても、いったん排除した選択肢は再検討しない。
⑤さまざまな選択による損失と利益についての、専門家からの情報収集を怠る。
⑥自分たちの選択に好意的な事実や意見は取り上げるが、都合の悪いものは無視する。
⑦選択した決定が失敗を招いたときに、どう対応するかという計画を立てない。

すなわち、団結心の強い集団ほど、内部の議論であまりもめないように初めから選択肢を絞り、いったん選択するとそれが集団の意思となるため、その後に状況が変化してその選択肢の妥当性が低くなっても、集団の中では誰も異議を唱えず、外部の情報、特に批判的な事実や意見に耳を傾けず、その結果大きな失敗を招くということである。このことは、ジャニスが取り上げたアメリカの歴史的事例にとどまらず、現在のロシアから岸田政権に至るまで、さまざまな場面に当てはめることができるだろう。

ただしジャニスは、団結心の強い集団が必ず失敗すると述べているわけではない。むしろ団結心が弱くメンバーが無責任な集団の方が失敗の危険性は高まる。彼が示している処方箋についてここで詳しくふれることはできないが、重要なのは、メンバーが上記の「欠陥」についての意識を共有し、それを防ぐ仕組みを構築することである。

…とまあ、まるで他人事の様にここまで論じてきたが、ここ数年、大学のさまざまな意思決定に関わらせていただいている者の端くれとして、とても身につまされる思いがしていることを、最後に告白しておきたい。
(国際日本学部教授)

アーヴィング・L・ジャニス著、細江達郎訳『集団浅慮 : 政策決定と大失敗の心理学的研究』、新曜社、2022年