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本棚 「ブリューゲルと季節画の世界」森 洋子 著(岩波書店、税込10780円)



ブリューゲルは、連作の季節画で16世紀のネーデルラントに生きる農民の営みを細大漏らさず描き出した。農村生活の豊かさと過酷さ、喜びと悲しみをめぐる、その細やかな描写が意味するところを、先行・後続する月暦画との比較のうちに教えてくれるのが本書である。当代一流の美術史家が、農作業の実態から子どもの遊戯まで該博な社会史的知識を駆使してブリューゲルの世界を語り尽くす様に、読者は目を見張ることだろう。

また、そうした細部の説明に加えて、著者が、厳しい労働に耐え誠実に生きる農民へのブリューゲルの共感を、同時代の大きな思潮の中で浮かび上がらせている点も注目に値する。この議論を通じて、私は、彼の作品がもつおおらかさの本質を初めて理解できたように思う。

それにしても、対象をもれなく理解しようとする、著者の燃えるような情熱には驚かされる。この情熱のおかげで、古層のヨーロッパ世界をそっくり追体験できる我々は幸運であるというほかないのだが、一番の果報者は、時空を越えて最良の理解者を得たブリューゲルその人なのかもしれない。

青谷 秀紀・文学部教授(著者は名誉教授)