明治大学出身会計士の活躍
会計士として歩む:青木 俊雄先生
都立高校から1年間の浪人生活を経て明治大学商学部に入学した当初は卒業して一般企業に就職しようかと考えていました。
そんな折、クラスの友人が「公認会計士という資格があって、明大の経理研究所でその試験の受験指導をしている」というので説明会に参加し、そこで初めて公認会計士という資格を知りました。
そして2年生の時に経理研究所特別会計研究室に入室しました。
3年生で室長になり60名ほどの室員の取りまとめ役を務めました。その時、まだ私には受験資格がありませんでした。当時は今と違って、一般教養課程が修了していないと受験できない試験制度だったのです。そのため室長だった私は、経理研の受験生のために試験会場である慶応大学に出向き、飲料水の差入れ係をしました。
翌年4年生になって受験資格を得た私は、運よく1回で試験に合格することができました。
卒業後は大手監査法人に就職しました。監査法人には7年間勤務し、その後30才で独立して税理士事務所を開業しました。中小監査法人で監査補助の仕事もしながら税務顧問先を回りました。
現在は、監査業務には従事しておらず税務関係の業務が主となっています。また、2024年4月から母校明治大学の財務担当常勤理事も務めています。
20代のころから「先生」と言われて上場企業で監査実務に携わりました。
30代からは中小企業の社長さん(個性の強い方が多い)の税務顧問となりました。
60代後半からは明治大学の一員として、母校の運営業務にも携わっています。
私のキャリアをあらためて振り返ってみると、公認会計士という資格のおかげでいろいろな経験をさせてもらっていると感じています。
これから公認会計士を目指す皆さん、「公認会計士」というパスポートを持つことでいろいろな方面で活躍することができます。自分を信じて頑張ってください。応援しています。
そんな折、クラスの友人が「公認会計士という資格があって、明大の経理研究所でその試験の受験指導をしている」というので説明会に参加し、そこで初めて公認会計士という資格を知りました。
そして2年生の時に経理研究所特別会計研究室に入室しました。
3年生で室長になり60名ほどの室員の取りまとめ役を務めました。その時、まだ私には受験資格がありませんでした。当時は今と違って、一般教養課程が修了していないと受験できない試験制度だったのです。そのため室長だった私は、経理研の受験生のために試験会場である慶応大学に出向き、飲料水の差入れ係をしました。
翌年4年生になって受験資格を得た私は、運よく1回で試験に合格することができました。
卒業後は大手監査法人に就職しました。監査法人には7年間勤務し、その後30才で独立して税理士事務所を開業しました。中小監査法人で監査補助の仕事もしながら税務顧問先を回りました。
現在は、監査業務には従事しておらず税務関係の業務が主となっています。また、2024年4月から母校明治大学の財務担当常勤理事も務めています。
20代のころから「先生」と言われて上場企業で監査実務に携わりました。
30代からは中小企業の社長さん(個性の強い方が多い)の税務顧問となりました。
60代後半からは明治大学の一員として、母校の運営業務にも携わっています。
私のキャリアをあらためて振り返ってみると、公認会計士という資格のおかげでいろいろな経験をさせてもらっていると感じています。
これから公認会計士を目指す皆さん、「公認会計士」というパスポートを持つことでいろいろな方面で活躍することができます。自分を信じて頑張ってください。応援しています。

